イバラを切って町を開いたから茨木?! 地名の由来を聞いてきた

 コチコチ……。ネットサーフィンをしていて、ふと手が止まった。2018年に市制施行70周年を迎える茨木市のHP。背景にバラをあしらっていて、格調高い雰囲気やな~。市の花がバラって…イバラからきてるってこと? そもそも茨木市の名前の由来って……。気になる~!ということで、茨木市の企画財政部まち魅力発信課市史編さん室の皆さんに話を聞いてきた。

 「頼も~!」と市史編さん室のドアを開くと、各市町の史料など本が所せましと並ぶ。開口一番、「地名の由来については諸説あるんですけど、結論としてはわからないんですよ」と担当者。ガクッ。

資料がたくさん置いてある市史編さん室

 各市町の名前も由来は諸説がありながら、ほとんどは資料などが残っておらず決定打がないという。“ナゾ解きし隊”と言いながら、謎が解けていない疑惑がまた高まってしまうのでは……。気を取り直して、茨木市の地名の由来をうかがった。由来には大きく分けて三つの説があるそう。

①歴史を基にした説

 もともと茨木市は、水辺の荒れ地でイバラがたくさんあった。平安時代初期の武将・坂上田村麻呂が、イバラを刈り取って茨木の町を開いたことから、「イバラ」を「切る」という言葉から由来するもの。

②言葉の古い意味からきた説

 「イ」を接頭語(強調する言葉)としたもの。

・イ+バラ(目の粗い)+キ(場所) → イバラキ (バラは、ザルの目の粗いことで荒地を意味する)

③産鉄族の長がかかわった説 

 静岡県の伊豆の国市原木(ばらき)の由来が、産鉄族の長、天津麻羅を伝説の巨人・大麻呂(ウマロ)とし、その大麻呂がイバラで柵(城=き)をつくったからといわれる。茨木市の地名もこれに由来するというもの。

・大麻呂城→ウマロキ→ウマラキ→イハラキ→イバラキ 

 ①については、箕面市の勝尾寺の文書には、勝尾寺に寄進された土地の中に「棘切(いばらきり)」という地名があり、三つの説の中でも真実味があるとされているそう。

 なお、文献などの正確な情報で「茨木」という地名が出ている最古の資料は、勝尾寺の文書に写しが残されている、鎌倉時代初期の土地の売買契約書「土地売券」。「中条茨木村」と記載されている。

勝尾寺の古文書に載っている「茨木」の文字(中央付近)
拡大図

 市編さん室の担当者いわく、「いつから茨木と呼ばれているかは不明だけど、鎌倉時代初期には茨木という地名があったことは確かです」。

 話を聞くほどに混乱し、眉間(みけん)にしわが寄る(市)に、担当者から「調べれば調べるほど、わからなくなるのが地名の由来なんですね」という目からうろこのお言葉が。「自分が面白いという説を信じればいいんです。確証はないからこそ、議論が成り立って面白いんですよ」とにっこり。

 ちなみに、市の花がバラになったのは1962(昭和42)年。「茨木」の地名にもつながり、市を象徴するものとして選ばれたそう。

茨木市の若園公園「バラ園」

 最近では、2600人超の意見や投票結果をもとに、市のブランドメッセージ「次なる茨木市へ。」、サブメッセージに「茨木には、次がある。」がそれぞれ決定。市制70周年に向けて、PRで新たな動きを見せており、今後の展開も楽しみだ。

 丁寧に教えてくれた市史編さん室の方々、ありがとうございました。(市)

 

 




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カテゴリ: ソボクなナゾ解きし隊!

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