服部緑地にある「新蒟蒻橋」って?
なぜコンニャク!? 不思議な名前の由来は…

 「変な名前の橋があるんやけど」。府民の憩いの場として知られる服部緑地(豊中市)の近くに住む読者から、緑地に謎の橋があるという情報をキャッチ! どれどれと、服部緑地の地図を見てみる。阪神甲子園球場33個分か…う~ん、広い。「ここやねん」。その読者が指さした先には、「新蒟蒻(こんにゃく)橋」という文字が。

服部緑地の地図(赤く丸した部分が新蒟蒻橋)

 シンコンニャクバシ? なにやら妄想の膨らむ名前。食べ物やし、“新”ってことは旧もあったってこと?よし、まずは現場へ直行!

新蒟蒻橋がある服部緑地

 北大阪急行の緑地公園駅から南西へ歩くこと約20分。汗ばんできたころに、ひっそりと、しかししっかりと構えられた「新蒟蒻橋」が登場する。離れた位置からまじまじと見てみる。

いたって普通の橋に見える新蒟蒻橋(撮影時期は4月末)
いかついフォントが印象的な「新蒟蒻橋」

  うん、いたって普通の橋ですね。近くに寄って見てみると、いかつい雰囲気のフォントで橋の名前が書かれている。昭和四十七年七月竣工か…人間でいうと45歳くらい? 通りがかりの男女も、橋の名前を見て不思議そうに顔を見合わせている。気持ち、わかります。橋の色がこんにゃくって訳でもないし、こんにゃくのにおいがする訳でもない。この謎はなかなかに深そうだ…。服部緑地を所管する大阪府池田土木事務所都市みどり課に直撃するぞ!

 同課の職員さんによると、大阪府民なら誰もが知る服部緑地は、昭和16年に防災緑地としての公園計画が決定したことから始まった。計画当時の昭和17年の地図を見ると、敷地のほとんどが溜め池や田んぼ、果樹園。昭和40年より前の時代、川や水路をまたぐ際によく利用されていた簡易の橋を、「こんにゃく橋」と呼ぶことが多かった。橋げたを橋脚に固定せず、歩み板を乗せただけの造りから、歩くたびに橋がくねくねと波を打ったのが名前の由来だという。

蒟蒻橋についてイラストで図解してもらう

 この「新蒟蒻橋」も、昭和40年代中ごろに市道の整備などで、もともとこんにゃく橋がかかっていたところに現在の橋がかけられ、現・新蒟蒻橋と命名された可能性が高いという。「こんにゃく橋のあったところにかけたから、そのまま“新蒟蒻橋”という名前になったというのが信ぴょう性高いかな」と職員さん。服部緑地内の橋は、「緑橋」「新宮橋」などすべてに名前が付いている。「新蒟蒻橋って、古い名前に新が付いただけやから、ちょっとかわいそうな感じですね」と言うと、職員さんは「いやいや橋は喜んでいると思いますよ! 今もたくさんの人に渡ってもらってるしね」とにっこり。天竺川と市道・神崎刀根山線をまたぐ新蒟蒻橋。服部緑地の南西に住む住民が服部緑地に訪れる際などに利用されている。

 職員さんによると、川西市にも「こんにゃく橋」があり、もともとこんにゃく橋があったところに市道の改修などの際に新しくかけ直されたものとみられるそう。

 ということで、服部緑地の新蒟蒻橋の真相で濃厚な説は……

昭和40年中ごろ、人口増で道路の整備をするなど都市化の流れで橋を改修

                                                                                                            ↓

もともとこんにゃく橋を使っていたので、そのまま名前を「新蒟蒻橋」と命名した

 謎はすっきり解き明かせなかったものの、服部緑地の成り立ちやこんにゃく橋という存在を学べたのでヨシとしよう…。今回から、謎解き度をつけていこうと思います。(市)

謎解き度(2) ★★☆☆☆




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カテゴリ: ソボクなナゾ解きし隊!

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