深い感銘を与えたショスタコーヴィチの“人間賛歌”  兵庫芸術文化センター管弦楽団 第91回定期演奏会

【PACファンレポート⑤ 第90回定期演奏会】

 10月29日の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)第91回定期演奏会は、ロシアから訪れた2人の名手のもと、素晴らしい“人間賛歌”を聴かせた。

2016年10月号のプログラムの表紙は、画家で神戸芸術工科大学教授の寺門孝之さんが、カラヤンの指揮するショスタコーヴィチ「交響曲10番」を聴きながら描いたもの
2016年10月号のプログラムの表紙は、画家で神戸芸術工科大学教授の寺門孝之さんが、カラヤンの指揮するショスタコーヴィチ「交響曲10番」を聴きながら描いたもの

 この日の指揮者は初登場のアレクサンドル・ヴェデルニコフ。1964年ソ連時代のモスクワの音楽一家に生まれ、幼少の一時期、この日演奏した「交響曲10番」の作曲家・ショスタコーヴィチ(1906-75)の家の近所に住んだこともあるそうだ。2001年、37歳の若さでボリショイ劇場の音楽監督・首席指揮者に就任し、高い評価を得た逸材だ。

 ゲスト・コンサートマスターは、大フィルの首席コンサートマスター田野倉雅秋。

 ソリストはヴェデルニコフとモスクワ音楽院でほぼ同時期に学んだチェロの名手、アレクサンドル・クニャーゼフ。日本にもファンの多い彼もPAC定期演奏会初登場だった。

 クニャーゼフがチャイコフスキー「ロココ風の主題による変奏曲」を演奏している間、ホール内の空気が緊張をはらんでピンと張りつめた。発信源はどうやら、ソリストと90度の角度で対峙する、女性4人、男性1人のチェロ奏者たち。

 年若い奏者たちが指揮者越しながら名手の演奏を、一瞬たりとも見逃すまいと食い入るように見つめるまなざしの真剣さが、ホール全体に伝わっていたのだろう。

 大柄なクニャーゼフの分厚く大きい左手が弦の上へ下へと自在に動き、弓を持つ右手が角度を変えながら左右に滑らかに動く。そこから繰り出される、ややザラリとした感触を含むチェロ独特の深い響きがチャイコフスキーの抒情的な旋律を奏でていく。いつまでも聴いていたいような、至福の時間だった。

 満場の拍手に応えてクニャーゼフは、パガニーニ「24のカプリース」より“No.13アレグロ”とチャイコフスキー「ロココ風の主題による変奏曲」フィナーレの2曲をアンコールで演奏。公演後にはサイン会にも応じていた。

 ショスタコーヴィチ「交響曲10番」は、独裁者スターリンの死によってソ連の芸術界に「雪解け」が訪れた1953年に作曲された重厚な大曲だ。プログラムで曲の背景を知って演奏を聴いていると、大音量のオーケストラの音が、目に見えぬ圧倒的な力で人々を巻き込んでいく時代のうねりのように聞こえてきた。

 そのうねりの中に、一筋の希望のように静かにクラリネットが立ち上がり、その旋律がフルート、ヴァイオリンへと引き継がれていく。一度ならず、二度、三度……。その様は、時代のうねりに抗しながら、人間らしく豊かに生きたいと願う人々の輪唱のようだ。

 クラリネットのトップは、PACメンバーのルシア・グラナドス。スペシャル・プレイヤーのリヒャルト・オーベルマイヤー(ベルリン・ドイツ交響楽団副主席)と、まるでデュエットしているかのような息の合った演奏だった。

 フルートのトップは、PACメンバーの知久翔。ともに今シーズンからの新メンバーだが、二人とも情熱あふれる演奏で、今後の活躍が楽しみだ。

 第4楽章終盤、曲調はやや明るくなるが激しさは維持されている。

 私には、指揮者のヴェデルニコフが、時代のうねりの中で懸命に生きる人間の姿を、現在進行形のままに共感をもって肯定した“人間賛歌”のように聞こえた。

 演奏時間55分間に及んだ大曲の後では普通、アンコールはなくても不思議ではない。

 しかしヴェデルニコフは、高ぶった聴衆の心を優しく慰めるチャイコフスキー「雪娘」より“メロドラマ”を演奏した。

 懸命に生きる人間たちをまるごと受容する、慈愛に満ちた美しい旋律だった。(大田季子)

 

【お知らせ】

 第97回定期演奏会(2017年6月)に出演予定だった指揮者サー・ネヴィル・マリナー氏が10月2日、92歳で亡くなられた。PACでは、指揮者を変更して開催する予定という。




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