今夏の佐渡オペラ『フィガロの結婚』おすすめの理由とは?~伯爵夫人役の並河寿美さんロングインタビュー~

 いよいよ7月14日(金)から兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールで開幕する佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017『フィガロの結婚』。6月末から稽古も始まり、出演者たちも乗ってきています。佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ(以下、佐渡オペラ)には6回目の登場となるソプラノ歌手の並河寿美さんに、この公演の魅力を聞きました。

 

――並河さんの佐渡オペラ出演は「トスカ」のタイトルロール(2012年)以来ですね。佐渡オペラはここが特別、ということがありますか?

 

並河 佐渡オペラ、兵庫県立芸術文化センターのオペラは「誰一人欠けてもできない」オペラです。もちろん他のプロダクションもそうなんですけれども、ここでは「みんなが手をつないで最後まで乗り切っていく」感じがあります。劇場の皆さん、ソリスト、スタッフ、一番大きなのは地域の方々が、年に1回のこのオペラを本当に楽しみにしていらっしゃるのがよくわかること。カーテンコールで拍手をいただく時にも、来てくださったお客さんが、本当にこのパフォーマンスを、空間を、待ちに待っていたという空気を醸し出してくださいます。

 佐渡オペラは1回限りの公演ではなく、何日も上演させていただきます。毎回毎回の公演を、手をつないで乗り切って、それをまた力に変えて次の公演に臨む。お客様も含めて手をつないで劇場にいるんだなという感覚になります。それは、他の劇場ではあまり感じないことです。きっと自分が、地元・西宮の人間だということもありますね。この劇場に入ると、すごくホッとするんです。コーラスの皆さんとの稽古が始まっていますけれども、今回も後輩はじめ、全員が知っているメンバーで心強いんです。あ、ここにまた帰ってきたという気分が、より大きくなって、いい意味で緊張がほどける感覚がありますね。

 

――スザンナ役の中村恵理さんも大阪音楽大学の後輩ですね。

 

並河 はい、中村恵理さんともお稽古が始まっています。ヨーロッパでの彼女の活躍は、私たち日本にいる人間からすると、本当に誇り高い存在です。今回初めて共演しますが、お稽古しながら、彼女が海外の劇場で素晴らしい仕事を重ねてきた証しが今ここにあるな、後輩ながら素晴らしいなという思いで見せていただいています。彼女と歌う時、彼女から発せられるエネルギーを受け取って、本当に有意義なお稽古をさせていただいています。

 

――中村さんは「『フィガロの結婚』では、スザンナが出てくると何かが起こる」とおっしゃっていました。並河さんの伯爵夫人役は、どんな人物像でしょうか?

 

並河 まず、伯爵家の奥様ですから、気品があり、エレガントでないといけません。ご覧になるお客様もそれを期待されると思います。ただ、伯爵夫人は、途中で伯爵から名前で呼ばれるシーンがあるんです。「ロジーナ」と。ご存じのとおり、伯爵夫人は『セビリャの理髪師』のロジーナと同じ人で、ドラマティックな展開で伯爵と結ばれた女性です。生来の気品はあったかもしれないけれども、もともとは庶民。庶民から伯爵家に入った女性としての生い立ちも含めて、チャーミングさというか、いい意味で生まれが貴族ではない軽やかさ、明るさを出していかなければならないと思っています。『フィガロの結婚』の中では、それが醸し出されるシーンもありますので、ちょっと強調するというか、楽しんでいただけるものを出したいなと思います。

 『セビリャの理髪師』の時には幸せの絶頂にあった彼女が今回、伯爵の火遊び的なことで「こんなはずじゃなかったな」と思う。そんなギャップを演出家も求めています。苦悩であったり悲しみであったり。ただ、あまりそこに引き込みすぎて、暗いシリアスな物語になってもいけないと思うのです。

 

――伯爵夫人の役は何度か演じておられますよね?

 

並河 ええ。この役は私にはとても思い出深い役です。学生時代に日本語の訳詞上演でしたが、『フィガロの結婚』の伯爵夫人を歌うことで、初めてオペラ上演を通しで行いました。学生の時は貴族の役ということで、すごく大人な表現をしなければならないと固定観念みたいなものを持っていました。それから二十数年の間に5回ぐらいさせていただいたかしら。今は、自分の等身大の感覚を持ってお稽古していると、演出家からは「もっと若くていい」と言われます。伯爵夫人の性質からは、非常に落ち着いて見えるというのは、よくないことなんです。

 例えば2幕のドタバタのシーンでも、あまり表に現れるような取り乱し方はしない。スザンヌの取り乱しようと伯爵夫人の取り乱しようは違います。中村さんのお芝居を見ながら、どう上手に差をつけていくかを考えます。年齢を重ねていくと、共演者のお芝居の仕方を見て、ちょっとアンテナを張りながら演じることができるようになってきたのかなとは思いますね。

 

――伯爵夫人が登場するのは2幕からですね。

 

並河 はい。2幕の登場の第一声がアリアです。すごく繊細な始まりなので、緊張に緊張を重ねます。これはちょっと笑い話のような話なのですが、序曲が始まり幕が開くと、1幕に登場する出演者は当然のことですが、すでに支度が整っています。ところが伯爵夫人役の私はまだ数十分時間があるということで、メイクが完成していないことがよくあるんです。メイク中に序曲が鳴り出すと、幕が上がったのに、まだ自分が整っていないので、とてもドキドキしてしまいます。今は“パブロフの犬”状態で、フィガロの序曲を聞くと、無性にドキドキしてしまうんですよ(笑)。

 

――最初に歌うアリア「愛の神様」は、本当に素晴らしいアリアですね。

 

並河 私も客席で聴くと、本当にステキで、何とも言えない哀愁漂ったメロディーで、伯爵夫人の心情をよく表してくれている曲だと思います。だからこそ逆に舞台では、この素晴らしい音楽の中に自分がしっかり入り込んでいるか、プレッシャーになります。第一声を出すまでは本当に自分との闘いです。オーケストラが音色で寄り添ってくれて、そこがうまく、くっとかみ合った時にはすごく心強い。孤独感が無くなって、マエストロはじめオーケストラに本当に支えられていると感じて気持ちよく歌えますね。

 

――モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』が、世界中で広く愛されている理由はどこにあると思いますか。

 

並河 スザンナとフィガロが自分たちの力で、本当ならなかなか動かせないことでも、いい方に変えていこうとするエネルギーが感じられるところが大きいのではないでしょうか。伯爵夫人もスザンナやフィガロに頼っていた部分をやめて、彼女自身の力で立ち向かっていきます。最終的にはハッピーエンドの楽しい物語になっていますけれども、モーツァルトが初演した時代は、貴族にはなかなか逆らえない時代だったでしょう。現実には逆らえないところを自分たちの力で変えていくというストーリーは、当時の庶民を引き付けたと思いますし、今も同じようなこともあるかもしれません。

 自分たちが実際にはできないことを、彼らが舞台の上でやってくれている。人間が行動を起こすと、こんなにたくましく幸せになれるんだよと教えてくれる。スペインを舞台にした架空の物語ですけれども、お客さんの手の届かないところで起きていることではなく、自分たちに置き換えられる物語になっています。それを可能にしているのは、モーツァルトのシンプルな音楽、それぞれのキャラクターが物語の中で成長し、羽ばたいていく中で感じること、そして、私たち音楽家それぞれが勉強してきて、自分の経験も含めて感じることというのもありますね。

 『フィガロの結婚』は、オペラで歌うことを目指す日本人にとっては、すごく大きな教科書なんです。みんな必ず、『フィガロの結婚』を通って舞台に上がっていきます。だから、お稽古が始まって、初めて会う人たち、いろいろな学校で勉強してきたメンバーたちですけれども、この作品に関しては共有できるものがたくさんあるんですね。だから、こうして育てていこうねと話し合えるし、絆も深くなっていきます。

――しかも、佐渡オペラの場合、初日から積み上がっていく感覚が半端ではない。

 

並河 お客様の反応も毎日それぞれ違うので、そこから「こういう風にしてみたらどうだろう」と、お客様あってのコミュニケーションの中で変わっていくことが多い。私たちも、佐渡さんご自身もそうですし、そこにタクトを振られる中で、オーケストラも熱を帯びてきます。

 ですから、ご覧になるお客様には、素直に感情を表に出していただきたいと思います。遠慮せずに、面白いと思った時は声を出して笑っていただいていい。初日などはお客様も緊張されていますが、だんだん舞台と客席のキャッチボールができるようになると、空気が柔らかくなって、歌い手にも、とてもいい影響があります。爆笑してもいい。クスッと笑っても、感動して涙を流しても。喜怒哀楽すべてが物語の中に入っていますので、それを正直に感じたままお客様も気取らず出していただいていい。そうして劇場の中の空気を温めていただければと思います。欲を言えば、初日から千秋楽まで、できればすべての公演を見ていただきたい(笑)。

 プロダクションが始まって、お稽古を重ねていく中で、篠山の公演が終わるまで1カ月、皆さんと朝から晩まで生活を共にする中で、無意識に、家族のような感じで、絆のようなものが育っていくと感じます。最後の公演が終わった時の寂しさときたら……。家族と別れるのと同じです。家族でずーっと育てていく作品ですから、「仲のいい私たちを見てください」ではなく、家族の苦労も、喜びも悲しみもいっぱい詰まった、家族の集合写真を見るような感じで『フィガロの結婚』に会いに来ていただければと思います。きっと共感するものがいっぱいありますよ。(談)

 

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017『フィガロの結婚』は

【西宮公演】7月14日(金)~23日(日)14時開演、兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール。※18日(火)20日(木)休演。

【姫路公演】7月26日(水)18時開演、姫路市文化センター大ホール。

【篠山公演】7月29日(土)14時開演、篠山市立たんば田園交響ホール。

詳しくは下記ホームページで。http://www.gcenter-hyogo.jp/figaro/

 




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