【藤本さんちの“こくはく・こくはつ”】Vol.4 レコード一枚分(奥さん 統紀子さんの巻)

※画像をクリックすると拡大画像が表示されます
※画像をクリックすると拡大画像が表示されます

 「ゲェッ!すごーい!おかあさん、おかあさん、ニュースです。私の原稿料、知ってる?」

 すっとん狂な声で有子(長女)がバタバタと二階へ駆けあがってきました。第一回目に書いた有子の原稿料がアサヒファミリーから送られてきたのです。

 なんぼ、くれはるやろ、と心待ちにしていただけに、よほどうれしかったのでしょう。

 「そやけど、こんなに貰うてエエのかなあ。コンナニ貰エルヤテ、夢ヤナイヤロカ!」

 最後は主人のコマーシャルの口調を真似てひとりはしゃぎまわっています。

 この娘は、ときどき本当に私の娘かしら、と首をかしげたくなるほで落着いてしっかりしたことを云っているかと思うと、妹の名子の話にアハアハと他愛なく笑いころげる単純さの同居した複雑怪奇な娘なのです。

 「編集長さんと私が決めた額だから、ありがたく貰っとけばいいのよ」

 「ウーン、しかし、あの原稿で、この原稿料やったら、私はずかしいわァ」

 あら、いやに謙虚じゃないの。LPレコード一枚くらいの原稿料をやっていただけたら、と私は編集長さんにお願いしてあったので、その原稿料さえも過分というわが娘のつつましさに、私は尊敬の念さえもちかけたのです。いまどきの若ものにしてはめずらしくいい心がけ……。

 「ほら、ネ!」

 「ゲェッ!」

 こんどは、私の方がすっとん狂な声をあげる番でした。編集長さん、どう勘ちがいなさったのか、原稿用紙一枚分の原稿料がLPレコード一枚分の額になっているのです。

 「そんなアホな……。間違いはってんね、私の云ったLPレコード一枚の意味を……」

 「返そうか、おかあさん……。それとも四回分、まとめてくれはったのかなあ」

 「くれはったもんは、もろといたらエエやん。返すの、もったいないわァ」

 有子と私の話を小耳にはさんで、名子(次女)が割りこんできた。

 この娘は、外見のひ弱さに似合わず、かなり合理的かつ現実的で、いつだったか父の日のプレゼントの割当てを出し渋って泣いたことがあるのです。

 幼稚園の年少組の頃だったでしょうか。お父さんへのプレゼントを買うのだと張切って出かけたまではよかったのですが、いざお金を出すときになって、さあ、名子ちゃん、百五十円出すのよ、と私が云ったとたん、ワタシノオカネガナクナルゥ、とプレゼント片手に大泣きして、私を赤面させたことがあったのです。

 「私のときは一回ずつ貰ってね、もしも先に貰うたら、書く気なくすもん」

 同じ兄弟でも兄と弟、姉と妹という環境のちがいで、性格もずい分かわる、とよく世間でいわれますが、まったくその通りですね。娘二人をみていると、同じ環境、同じ愛情で育てたつもりなのに、性格的な違いをずい分発見して目をみはることがしばしばです。

 「ねえ、お父さん、お父さんはどう思う。この原稿料……返した方がいいかなァ」

 有子は、今度は父親の仕事部屋へ、その現金封筒を大事そうに持っていきました。名子もまた、あすは我が身、興味しんしんで有子についていきました。

 「プロの物書きでも、原稿用紙一枚の原稿料がそれくらいになるまでには、最低七年はかかるもんや。お前らシロウトが、しかも学生が安易にそんな額の原稿料を貰うたらイカン。金儲けは、そんな簡単なものやない……」

 有子はもちろん、名子もコックリうなずきました。プロの物書きの言葉には、やはり否定できない何かを感じたのでしょう。

 この娘たちが幼い頃、主人は仕事、仕事で追いまくられて徹夜がつづき、娘たちが夜寝るときはもちろん、朝起きたときも机に向かっていることがしばしばだったのです。それで彼女たちは、お父さんというのは寝ない人だ、と信じこんでいたらしいのです。

 そんなある日、偶然主人の寝ている姿をみて、お父さんが目ェつぶってる、と名子が大騒ぎしたことがありました。

 そういう父親の姿をいつも目にし、物書きのシンドさを多少なりとも知っている娘たちには、主人の言葉の厳しさが理解できたのだと思います。

 あくる日、私は早速、編集長さんに電話を入れました。お宅の子どもさんへの配慮がそれならば、アサヒファミリーとしても協力いたしましょう、ということで、一回の原稿料はLPレコード一枚買えるくらいの額に落着したのです。

 「それにしても……」

 と私は考えます。

 「その分で、ウチの朝日新聞の購読料、タダにしてくれはらへんのかなあ」

 女というものは、ついついこんなミミッチイことを考えてしまうものなのです。ああ。

※1977年7月29日号掲載

関連記事