【藤本さんちの“こくはく・こくはつ”】Vol.6 奇妙な訪問者(ご主人 義一さんの巻)

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 郵便物の量は、西宮市で一番多い、と以前配達してくれる青年がいっていた。

 何通ということはいえないが、雑誌、単行本、手紙、葉書で、多い日は二キロぐらいが届く。

 その中には、奇妙なものがある。ほとんど差出人の名前は明記されていない。一ファンより、とか、一読者より、というものである。

 便箋十数枚のもあれば、葉書もある。

 愉快なのもある。が、こういう差出人不明のものは、ほとんどがイヤミを書いてくる。

 ――テレビに出ないで、文学の道一筋に励むべし。

 とか、

 ――夫婦でテレビに出るとは何事か。

といったものだ。

 ――先日、お宅の中をテレビが映し出していたが、お母様の部屋を映していなかったのはどういうことか。

 これは、父の眠る仏間と母の居間のプライバシーを公開しないのが、われわれ夫婦の母に対する愛情なのだといっても、おそらくこの人にはわからないだろう。

 ぼくは、これら差出人不明の人の誤字、脱字、表現の点などを点検する。文字の乱れなどが多い。現実に欲求不満を抱いている人なのだろう。憂鬱さを解消さす方法が、テレビで顔を知っているこちらに向けられるらしい。現代の日本の風土の貧しさ、精神状態の歪みが感じられる。周囲に未来を語る人がいないのだろう。淋しい気がする。こういう人に、

 「お節介よりも、あなた自身のことを考えてはどうですか」

 といっても、通用しないだろう。

 かと思うと、奇妙な人が突如電話をかけてきたり、訪ねて来たりする。

 「喫茶店の名前をつけてほしい」

 という。一か月ほど経って付けると、女房が、

 「あ、その人、もう必要ないって電話でいってきたわよ」

 などというのがある。

 これなどは、まだいい。

 「どうも、うちの主人は男色のようなんですが、どうすれば治るでしょうか」

 というのもある。男色治療法など、わかる筈がない。

 三人の主婦がやってくる。××協議会で新聞編集をしているという。その代表がいう。

 「私たちは社会奉仕の精神でやっていますので、ぜひ藤本さんも社会奉仕の精神でやってもらいたいのです」

 「なにをやるんですか」

 「原稿十枚ばかし書いてほしいのです。テーマは“父と子のあり方”というのですが……」

 「奉仕の精神というと、無料でということですか」

 「そうです。私たちも家庭の仕事をなげうって奉仕しています」

 「などほど、健気なことですね。じゃ、こっちも条件をひとつ出しましょう。先ず、それをやって下さい」

 「なんでしょうか」

 「わが家を出て、右に行くと、三百メートルぐらいに関西学院大があります。その近くにパン屋さんがありますから、そのパン屋さんに行って、今、ぼくにおっしゃったと同じような言葉で、パン十個無料で貰って来て下さい。そうして下されば、原稿無料で書きましょう」

 三人は憤然として帰って行く。

 大体、奉仕とかボランティアと自分で口にする人は真物ではない。本当にやってらっしゃる方は、黙々とやっていらっしゃる。 

 宗教関係の人もくる。小冊子を六十円から百円で売りにくる。

 「神さまのお導きの書でありますが……」

 とか、

 「わが会の祈りの精神が書かれています……」

 とかいう。

 こちらは、断る。

 すると、途端に態度が変わる。

 「おお!心貧しき人よ。この人たちに、神よ、微笑みを与えたまえ」

 といいたくなるのは、ぼくの方である。

 また、甲山のハイキングに向かう一家が、わが家の前に整列して、記念撮影している時がある。これは叱るわけにはいかない。

 が、いやなのは、家の中を覗き込んで、写真を撮ったりする人がいることだ。玄関、門、家全体と念入りに撮っている。断ってくれればいいが、まるで態度が盗み撮りである。それも、車で来て、撮ると、さっと引き揚げていくのだ。

 昨日も、午後二時過ぎに、撮って行った三人組がいる。なかなかイカス外車に乗っていた。

 しかしまあ、閑な人がいるものだ。相手になっているこっちも馬鹿なのかねえ。

※1977年8月19日号掲載

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