【藤本さんちの“こくはく・こくはつ”】Vol.9 カッコイイ高校野球が終わって(長女 有子さんの巻)

※画像をクリックすると拡大画像が表示されます
※画像をクリックすると拡大画像が表示されます

 本当に、ウソのようだ。もう、この夏休みが終わってしまうなんて……。毎年、夏休みにはいる前は、

 「八月二十日ごろまでには、宿題を全部すませよう」

 などと、夢のようなことを考えるものの、最後の二、三日になると、それはもう地獄である。だいたい、毎年の傾向として、日が経つとともに心境というものも変化するが、その型がきまっているような気がする。

 「七月二十一日」――四十日もあるから、そうあせらなくってもいけるわ。「八月一日」――へえ、もう十日も過ぎたん。「十日」――もうあと三週間か……。そろそろ宿題しようかな。「十五日」――あと二週間しかないの?もう一か月ほしいよ――。「二十日」――もう、あかんわ。「二十九日」――こうなったら、どうでもいいわ。はやく学校始まって!最後になると、いつも開きなおってしまう。でももうあと四か月ほどすると、楽しい冬休みがある。それまでの我慢である。

 かといって、夏休み、そうポワーッとしてばかりいるわけではない。夏休みの最大の楽しみは、なんといっても高校野球!やっぱり同じ年代の選手がでるからだろうか、中学のときには全然興味がなかったのに、去年からは大会中には他のことがほとんどできないくらい熱中するようになった。

 小さいころに一度だけ大阪球場につれていってもらったことがあるが、なにしろ高校にはいるまでは、打てば走るということぐらいしか知らなかったので、そのころの私に“野球”のわかるはずがない。

 ほんとうにこの間まで変なルールのおぼえ方をしていて、よく笑われた。たとえば――ホームランを打てば二点はいると思っていたこと。たぶん小さいときに野球を見ていて、たまたまツーランホームランだったのだろう。ところが去年テレビを見ていると、ホームランを打っても一点しかはいらなかったり、三点もはいったり、何か変なのだ。それからもう一つ、一塁方向にとんだ球を一塁打、二塁の方へは二塁打、三塁の方へは三塁打と思っていたこと。これでいけば本塁打のとき球はどこへとべばいいのだろう。よく考えてみると、変なのだ。

 まあ、今は大体のルールもわかってきたけれど、甲子園まで観戦しにいっている人をみると、これまた大変だなあと思う。決勝戦などは家の中の涼しいところも何だから、庭にテレビをもち出し、特製のカチ割りでもつくって甲子園気分にひたるのもなかなかイキなものだと思う。でも、甲子園でみると、テレビみたいにスコアがさっと目の前にでてこないから、私などはテレビでみているほうがいいかもしれない。

 放送がはじまると、なんだかんだ言いながら、みんなみている。野球に関して、父以外あまり興味がないせいか、必死に最後まで見ることはほとんどない。とくに母といっしょにみると、それはそれは、歌謡番組をみているようだ。点をいれるとかの問題ではなく、誰がカッコイイかということばかり。でも本当に、カッコイイ人が多い。あれくらい大変なスポーツが女にもできるなら、別にカッコイイとも思わないだろう。一回でいいから男になって、あんなに身軽に動きまわってみたいものだ。

 さて、話はかわって、甲子園がはじまるのと同時くらいに、わが家に鈴虫がやってきた。銀行の方からいただいたもので、全部で十五匹くらいはいるのだろう。めずらしいので霧ふきで水をかけてやるのが楽しみになった。ところが、水をやりにいっている間にホームランがでたりして、「クッソー!」という感じである(鈴虫ちゃんに免じて、許してやろう)

 鈴虫の世話と高校野球の応援でいそがしかった今年の夏だが、高校野球がおわった次の日からは、何ともいえぬ気分になるものだ。ただテレビを見ていただけなのに、ありゃーっという感じになってしまう。きのうまでそばにいた私だけ(と一人で思いこんでいる)のヒーローが、どのチャンネルをまわしても出てこないのだから。おなじみの「この閉会式で、長い夏も終わろうとしています」というアナウンサーの言葉どおりである。甲子園はテレビドラマなどではなく、つくりごとのない世界として、これからも毎年私をひきつけるだろう。

 というわけで、野球ファンになってしまった私。大きくなって男の子が生まれたら、勉強はどうでもいいから、野球の選手にする(つもり)。それを聞いてある人いわく。

 「だんなさんが運動神経バッツグンの人やないと、無理とちがう?」だって。

 きっつ――。

※1977年9月9日号

あなたにおすすめの記事