近代化の文脈と俯瞰した視座から問う日本の“今”――フランス在住の渡辺謙一監督最新作「国家主義の誘惑」

「国家主義の誘惑」公開を記念して、2015年に日本公開された渡辺監督の「天皇と軍隊」(2009年/フランス/90分)のアンコール上映も、9月1日(土)からシアターセブンで予定されている。「僕にとって、この2作品は戦後史(天皇と軍隊)と近代史(国家主義の誘惑)を扱ったセットになる作品だ。可能であれば、まず新しいものを見て、その問題意識を持って前作を見てほしい」

 岩波映画出身で、土本典昭(1928-2008)、小川紳介(1935-1992)らに影響を受けた渡辺謙一監督が海外からのまなざしで、明治以降の近代化の文脈における日本の“今”を読み解く最新作「国家主義の誘惑」(フランス/2017年/54分)が、まもなく関西で公開される。渡辺監督は1997年からパリに住み、フランスや欧州のテレビ向けドキュメンタリーを制作。2015年に日本で公開された「天皇と軍隊」(2009年/フランス/90分)も大きな話題を呼んだ。7月に来日した渡辺監督に話を聞いた。

 「国外に出て、却って日本が良く見えるようになった」という渡辺監督は本作を、地政学(geopolitics)からのアプローチで日本の“今”を読むテレビ番組の企画として制作した。「地政学とは、国際的な視野で地理と政治、民族に歴史認識を加えて、領土問題を語り直す学問だ。中東紛争、ウクライナ、パレスチナ問題が浮上する中で、欧州で脚光を浴びている。欧州にとって日本は相変わらず極東の“遠い国”だが、中国の影響力が世界的に増す中で、日本に言及される機会が増えてきたため、企画が通った」と渡辺監督は明かす。

ピエール=フランソワ・スイリ(スイス・ジュネーブ大学文学部教授)©Crescendo Media Films – Kami Productions – ARTE France – 2017
ミカエル・リュッケン(フランス国立東洋言語文化大学日本語学部教授)©Crescendo Media Films – Kami Productions – ARTE France – 2017
バラク・クシュナー(ケンブリッジ大学アジア・中東研究科日本学科准教授)©Crescendo Media Films – Kami Productions – ARTE France – 2017

 

 欧米列強に屈しない“強い日本”を目指して近代化を進めた明治以降の日本の歴史を、3人の歴史学者が俯瞰(ふかん)した視座から解説する。日本中世社会史、日本近代思想史が専門のスイス・ジュネーブ大学文学部教授ピエール=フランソワ・スイリ、英国ケンブリッジ大学アジア・中東研究科日本学科准教授のバラク・クシュナー、フランス国立東洋言語文化大学日本語学部教授のミカエル・リュッケン。鋭い切り口で、ふんだんな歴史資料映像を交えて語られる近代史は、日本に住む私たちには旧知のものだが新鮮な視点に改めて目を見開かされる思いがする。

 対して日本の“今”。渡辺監督は2016年7月と9月に取材・撮影を行った。7月は初めて18歳以上の人に選挙権が与えられ、改憲が争点となった第24回参議院選挙が目当てだった。日本でのインタビュー出演は、政治学者の白井聡、参議院議員の山本太郎と山田宏、ジャーナリスト金平茂紀、中国出身の経済評論家・宋文洲、沖縄出身のミュージシャンで元参議院議員の喜納昌吉とその母・喜納千代、沖縄県東村村議の伊佐真次。凝縮した言葉で、歴史とつながる“今”をそれぞれの立場で語る。

©Crescendo Media Films – Kami Productions – ARTE France – 2017

 ヨーロッパでの放送は、昨年(2017年)7月にアルテ・フランス、ドイツ公共放送で3回、今年1月末にフランスの議会チャンネルで8回(うち4回は監督インタビュー付き)、3月上旬に「2018年 フランスFIGRA映画祭 歴史部門 コンペティション参加作品」として上映と討論会が開かれ、「ラストシーンの描写は希望とも恐れとも取れるが、制作者の意図はどちらか?」などの質問が飛び交い、関心を呼んだという。

 

 

 渡辺監督は現在の世界と日本の状況を次のように分析する。

 「冷戦終結で世界が2極に分かれていた時代が終わり、経済面からグローバル化が始まった。大企業は国際複合企業体となって国境を越え、パナマ文書に見られるように国家をすり抜けて、どこの国に属すのかわからないような富を蓄積している。そんな中で、長く維持され、制度の基準となってきた国民国家(nation state)という体系が揺らいでいるが、グローバル経済の間尺に応じた新たな仕組みは確立していない。EUやTPPなど国際共同的な仕組みを作ろうとすると、外交が大事になり、対外的な圧力が出てくる。それに対する反動として、国内を固めようとナショナリズムが台頭する傾向が世界的にある。現在の日本の動きもこれに連なるものと理解されがちだが、僕自身は、現在の日本を覆う空気は、世界的なナショナリズム台頭の流れとは違う、1930~40年代に進行した“国家主義”に近いものだと考えている。つまり、政党政治が弱体化し、『国体の本義』を教育目標に据えた時代と同様に帝国主義憲法に基づく国体、つまり天皇を基軸とする国家秩序をもう一度取り戻そうとする勢力が、冷戦が終わった価値転換の時に台頭してどんどん影響力を拡大してきている」

 そして、そんな時代には、個人が圧殺されると指摘する。「国家主義の反対語は個人主義。日中戦争勃発前夜の日本は個人主義を徹底的に嫌い、個性を伸ばす教育ではなく、個性をつぶす教育が行われていた。同じことが今の日本で進行していると考え、今回の撮影では道徳必修化を前にした小学校にも取材を申し込んだが、公立・私立とも軒並み断られた。現場が取れなかったのでその話を盛り込むことができなかったが、個性をつぶしていくと、日本は世界の孤児になってしまうのではないかと危惧している」

 

 映画の終盤に登場するのが、2016(平成28)年8月8日に発表された平成天皇のビデオメッセージ「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」だ。

 「発表当時はさほど衝撃的な出来事と受け止めていなかったが、後になって考えれば考えるほど、生前退位を訴えた天皇のメッセージは非常に画期的な出来事だと思える。与党が参院選に大勝し、改憲勢力に必要な2/3の議席を取った3日後にNHKがテロップで『天皇が生前退位の意向』とスクープ。その真意を天皇自ら語ったビデオメッセージだからだ。海外にも同時配信され、各国メディアも大きく報じた。今上天皇は、現在の状況をすべて計算したうえで、譲位を目的に、次の天皇を後見人として支えていく覚悟を持って生前退位を発表したのだと思う。日本で天皇を語ることは自重される傾向があるが、今回のメッセージの意味は国民一人ひとりが真摯に受け止め、いろいろな角度から大っぴらに議論されるべきだ。何より天皇本人がそれを希望している」

 

【上映情報】9月1日(土)から第七藝術劇場、9月8日(土)から京都シネマ、順次、神戸・元町映画館でも公開。公式ホームページ http://kiroku-bito.com/nationalism/




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