オープンマインドで見てほしい映画「主戦場」【日系アメリカ人ミキ・デザキ監督ロングインタビュー】

日系アメリカ人のミキ・デザキ監督が話す言語は英語だ。取材者が質問する日本語の大意は聞き取れるが、細かいニュアンスは通訳が英語に訳した=2019年4月10日、大阪市内で

 1983年生まれの日系アメリカ人、ミキ・デザキ監督(35歳)が初めて手掛け、脚本・撮影・編集・ナレーションを担当したドキュメンタリー映画「主戦場」(原題<SHUSENJO: The Main Battleground of The Comfort Women Issue>上映時間122分)が、4月27日(土)から関西エリアで公開される。

 日韓両国でかみ合わない議論が続き、混迷している「慰安婦問題」をテーマに、27人の論客たちの取材をもとに制作した労作だ。公開前に来阪したデザキ監督に、通訳を介して話を聞いた。

 

――なぜ本作を撮ろうと思ったのか?

 映画でも言及しているが、僕はもともとユーチューバーで「日本における人種差別」という動画を自分のチャンネルにアップしたところ、日本の“ネトウヨ”と呼ばれる人たち(ネット上で活動する右翼)に見つかり、オンラインでものすごく叩かれた。その後、元朝日新聞記者の植村隆さんが慰安婦について書いた記事で同じように叩かれているのを知り、慰安婦問題に興味を持った。

©NO MAN PRODUCTIONS LLC

 そして植村さんと僕のケースは「ある人が語ろうとしている問題を語らせまいとしている」という点で共通していると感じた。アメリカ人としての自分は、誰かが語ろうとする言葉が遮られようとしたら「それはいけない!」と反応する。なぜなら告発や発言の背景には、苦しんでいるマイノリティー当事者が必ずいるからだ。彼らはただでさえ差別を受けているのに、告発の声を遮られることで二重に苦しむことになる。

 その後、日本の大学院で慰安婦問題についてレポートを書いた時、日韓の人たちが持っている、この問題についての情報がどちらも不完全なせいで、これだけ多様な論争が起こり、互いの間違ったイメージだけが伝えられ、誤解が生じているのではないかと思った。そこで、きちんと情報を伝える映画を作ったら互いに理解が進み、未来において日韓両国でもっと実のある議論ができるようになるのではないかと考えた。

 

 デザキ監督のインタビューに応じた27人の出演者は日米韓にまたがっている。登場順に名前と簡略な肩書を記すと以下のようになる。

トニー・マラーノ(a.k.a テキサス親父)、藤木俊一(テキサス親父のマネジャー)、山本優美子(なでしこアクション)、杉田水脈(衆議院議員・自由民主党)、藤岡信勝(新しい歴史教科書をつくる会)、ケント・ギルバート(カリフォルニア州の弁護士、日本のテレビタレント)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、吉見義明(歴史学者)、戸塚悦朗(弁護士)、ユン・ミヒャン(韓国挺身隊問題対策協議会)、イン・ミョンオク(ナヌムの家の看護師、元慰安婦の娘)、パク・ユハ(日本文学者)、フランク・クィンテロ(元グレンデール市長)、林博史(歴史学者)、渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館)、エリック・マー(元サンフランシスコ市議)、中野晃一(政治学者)、イ・ナヨン(社会学者)、フィリス・キム(カリフォルニア州コリアン米国人会議)、キム・チャンロク(法学者)、阿部浩己(国際法学者)、俵義文(子どもと教科書全国ネット21)、植村隆(元朝日新聞記者)、中原道子(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター)、小林節(憲法学者)、松本栄好(元日本軍兵士)、加瀬英明(日本会議) <敬称略>

 

――これだけの多彩な人たちへの取材申し込みはスムーズにできたのか?

 調査とインタビューには3年をかけた。もちろん、紆余曲折はあった。カメラの前で話すことは、誰にとっても覚悟のいることだ。全く波風なく取材できたとは言わないが、予想よりコンタクトを取りやすかったところもあった。総じてインタビューに前向きだった右派の人たちに比べて、左派の人たちは約束を取り付けるのが難しかった。発言の揚げ足を取られて右派から攻撃された経験がある人も多かったからだろう。慣れない撮影取材にしり込みする学者たちからは「著書を読んでください」と言われることもあった。

 

――監督が日系アメリカ人だったから取材がスムーズに運んだと思うか?

 確かにそれはあっただろう。

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 アメリカでは、慰安婦像建立に反対するなどで日本の右派運動も展開されているので、右派の人たちは、僕が日系アメリカ人であることが、自分たちを利する方向に働くのではないかと考えたようだ。もし僕が中国系アメリカ人や韓国系アメリカ人だったら、こうはいかなかっただろう。タイトルの「主戦場」は「アメリカはこの問題の主戦場である」という右翼の人の発言から取ったものだ。

 右派の人たちにはもう一つ、僕が男性ということも大きいと思う。もし女性だったら、もっと猜疑の目で見られたはずだ。右派の人たちは、慰安婦問題に関しては女性よりも男性の方が理性的であると考えているところがあるように思う。

 また、韓国の人たちは、私が単に日本人だったら、インタビューを受けることにもっと抵抗を覚えただろう。彼らはかつて、あまり望まない形で日本のメディアに取り上げられたことが何度もあったから。さらに私の外見がいかにも日本人的で、しかも坊主頭。右翼によくあるビジュアルでしょ?(笑)なので、もしも日系アメリカ人でなければ受け入れ難いと思われたかもしれない。

 

――取材を受けた人たちがこの映画を見た時、「自分が話したことが十分に反映されている」と思ってくれると考えるか?

 そうであってほしいと思っている。ケント・ギルバートさんはすでに映画をご覧になり「自分の発言シーンについてのクレームはない」とおっしゃった。

 多少の差はあるが、各人へのインタビューは2時間前後行い、僕は極力、途中で口を挟まなかった。作品の語るメッセージをちゃんと伝えるためには、ある程度の長さでインタビューを入れることが大事だと思ったからだ。ただし映画はエンタメでもある。変化に乏しいインタビュー場面が延々と続いて観客を退屈させることは意図するところではないので、編集には苦労した。

 気持ち的にきつかったことは「誰もが満足する映画を作ることはできない」と自分で分かっていたことだ。僕は、今回インタビューした人たち全員に親近感というか、距離が縮まったような感覚を持った。だから、誰かをがっかりさせるかもしれないというのは気持ち的にはつらかった。

 出演した人たちの中で、映画を気に入らない人もいるだろうが、少なくとも映画の中で僕が彼らの発言をどのように取り上げたか、どのように彼らを描いたかということを、ある程度尊重してくれると嬉しいと思う。僕はある意味、インタビューした人たちの本質、その人たちがどのような人間でどのような存在であるかということを、映画の中で描き出せたのではないかと感じている。それぞれ限られた時間のインタビューのごく短い部分しか使えなかったが、ごくわずかな時間で表現できたのではないかと感じている。

 

――映画の編集はどのように行ったのか?

 編集中は非常に消耗した。2カ月半~3カ月の間、常に考え込んでいる状態だった。大量に集めた情報を煮詰め、混乱と向き合わなければならなかった。

 編集段階では、誰を・どのシーンで・なぜ・どのように登場させるかという決断の一つひとつが、いわば僕の声になる。僕はインタビュー時に感じた葛藤そのものを出していくことにした。映画の中では、いろいろな人がいろいろなことを語るが、それは僕の中でいろいろな意見が飛び交っていることの表われでもある。

 やれるだけ、できるだけのことはすべてした。しかし、だからと言って、自分がこの慰安婦問題の真実を知っているとは言いたくない。編集に入るまでに集めた情報や知識の範囲では、しっかり把握して自分の議論を展開できる地平に立っていたとは思う。だが、そこで展開する議論は、今後未来において新しい情報が出てきたり、自分自身の気持ちが変わったりすれば変化することもある。自分はこの映画で、慰安婦問題についての最終結論を出したとは全く思っていない。

 それでも自分にできうる限り深い理解を成し遂げたとは思っている。なぜ自分がこの結論に至ったのか? 何が自分の意見を説明する根拠なのか? そこはしっかり説明できる。それについてはよかったなと思っている。それを映画の中で説明しているので、ぜひご覧いただきたい。

 

――かつて監督はタイで僧をしていた。その経験は、映画に生かされていると思うか?

 それを話す前にまず、日本とタイでは「僧になる」ことが違うことを認識してほしい。小乗仏教のタイでは、僧と俗人を何度も行き来できるが、日本とは違い、僧と俗の間には明確な一線がある。タイの男性は少なくとも一生に1回は、ある種の通過儀礼として僧になる。通過儀礼として行う場合は通常1~2週間、寺に籠って修行する。僕は父が病気になったので還俗したが、僧になった時点では一生僧でいようと思っていた。1年間ずっと寺にいて、テレビも音楽もない環境で瞑想する生活だった。

 僧としての経験は自分にとても影響を与えている。映画のためにインタビューした右派の人たちは、もしかしたら自分をネット上で攻撃した人だったかもしれない(しないまでも攻撃したいと思っていた人だったかもしれない)。そうした人であっても、オープンマインドで接することができた。その人と話す時に敬意をもって接し、なぜこの人がこういう考え方に至ったのかということを理解しようとした。

 インタビューした誰に対しても、僕はネガティブな感情を抱いたことはない。皆さん、形や方向性は違うが、すごい人たちだと思う。彼らと僕は“人間として”つながれたと感じた。人間としてのつながりは、その人の意見に同意しなくても作れるものだ。自分が感じたそのつながりは映画の中でも表現されていると思う。それぞれの人たちが、なぜそういうことを言うのか、どうしてそういう考え方に至ったのか。自分はその道筋を理解できたと感じている。でも、登場した全員が、映画を見た後でも僕のことを好きでいてくれるかどうかはわからない。

 

――日本の観客にメッセージを。

 映画を見る前に目にするだろう事前の情報に惑わされず、まずはオープンマインドで、自分で自分のために見て、どう思ったかを考えてみてほしい。

 映画づくりは非常に面白いので、続けていけたらいいなと思う。僕は社会的なトピックだけでなく、ヒューマンなトピックにも関心がある。自分の中の僧侶が、死ぬことを扱ってみたいと言っている。

--ありがとうございました。

 

【上映情報】4月27日(土)から第七藝術劇場、京都シネマで公開。両館ともミキ・デザキ監督による初日舞台挨拶がある。京都シネマは13:25回上映後。第七藝術劇場は15:20回上映後。順次、元町映画館でも公開される。

 「主戦場」公式WEBサイトは http://shusenjo.jp




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