【おうちでミュージアム】
西宮市大谷記念美術館「メスキータ展」
苦難乗り越えた版画の変遷 今こそ知的ストックを

《ユリ(第1ステート)》 1916-17年 木版 Photo:J&M Zweerts

■日本初のメスキータ回顧展 計算された構図と効果的なコントラスト

サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ(1868-1944)は、19世紀末から20世紀初頭のオランダで活躍した画家、版画家、デザイナーで、この時代のオランダにおける最も重要なグラフィック・アーティストの1人と言われます。作品の最大の特色は、木版画のシャープで簡潔な表現にあります。モダン・デザインの興隆を背景に、日本の浮世絵版画などの影響を取り入れた彼の木版画は、計算し尽くされた構図と、効果的に用いられた明暗のコントラストによって、見る者に強い印象を与えます。

1944年1月31日、すでに70歳を超えていたメスキータに悲劇が襲います。ユダヤ人であったメスキータは、家族もろともゲシュタポに逮捕され、アウシュヴィッツで亡くなりました。アトリエに残された膨大な作品の一部は、教え子の一人であったエッシャーや友人たちが決死の思いで救い出し、戦時中も命懸けで守り抜きました。今回の「メスキータ展」は、エッシャーたちがそうして守った作品を紹介する日本で最初の回顧展(巡回)で、約240点の作品を5章に分けて紹介しています。

《ユリ(第2ステート)》 1916-17年 木版 Photo: Martin Wissen Photography,Borken,Germany

■作品の工程を示す「ステート」 版画ならではのおもしろさ

今回の展覧会では、作品のステートの違いも見どころの一つです。これは版画ならではの面白さでもあります。

版画制作においては、工程の段階ごとに試刷りをして、さらに加えるべき線を検討するのが一般的なやり方です。最初の試刷りを第1ステートと呼び、以下、最終ステートまで順に番号をつけていきます。メスキータも作品によっては10点前後のステートを残しているものもあります。最終ステートが最も良いと思われますが、例えば、この作品《ユリ》はいかがでしょうか?

《ユリ》は5段階のステートが確認されています。第1ステートでは、中央にユリの花、右側に少女が彫られ、背景も黒ベタのままで、ユリの茎も輪郭線のみが彫られています。第2ステートでは左下に少年の横顔が加えられます。この少年は当時10歳のメスキータの息子ヤープです。背景は水平に4つのエリアに分けられ、上から縦と横の縞模様が交互に彫られています。またユリの茎にも線が加えられていきます。第3ステートでは、右側の少女の腕を表す2本の線だけを残し、身体の線状の彫りが除去され白い面が強調されています。背景の線がより密になっているのも分かります。またユリの花の中央にある同心円状の模様に放射状の線も加えられていきます。本展には出品されていませんが、最終ステートでは背景の線がすべて交差し、少女の波打つ長い髪が顎のラインまでとなり、腕を表す2本の線も消えてしまいます。

このように作品の変遷を見ていると、最終ステートが最も良い作品であるというわけではない、ということに気づかされます。みなさんはどのステートの作品が気に入りましたか?

《ユリ(第3ステート)》 1916-17年 木版 Photo: Martin Wissen Photography,Borken,Germany

■「STAY HOME」を知的ストックの機会に SNSでワークショップも

現在は「STAY HOME」、外出の制限があります。しかし自由に使える時間が増えている方も多いのではないでしょうか? 現在当館では、「STAY HOME」を少しでも楽しく過ごせるために「メスキータ作品をデコレーションしよう!@YOUR HOME」というSNSでの参加型の企画を開催しています。下記から、お好みの絵柄をダウンロードしてデコレーションし、投稿ください。皆様の力作をお待ちしております!

http://otanimuseum.jp/exhibition_event.html

今は自宅でできる体験を通して様々な知識をストックしてはいかがでしょうか? そして自由に外出できるようになったら、そのストックされた知識を持って美術館を訪れ、本物の作品と向き合ってください。作品の見方がこれまでとは変わっているかもしれません。昨年東京ステーションギャラリーから始まり、当館は3会場目です。西日本での開催は当館のみです。現在は5月31日まで臨時休館となっております。再開についての詳細は当館公式ホームページをご参照いただきたく思います。皆様にこの展覧会を実際に見ていただけることを祈るばかりです。

(西宮市大谷記念美術館学芸員 下村 朝香さん)

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※5月31日(日)まで臨時休館中。
※「メスキータ展」は、6月1日(日)から会期を6月27日(土)までに延長して開催予定です。
 入館には電話予約が必要など、通常と異なる点がありますので、必ず公式HPをご確認ください。
http://otanimuseum.jp/

 

《西宮市大谷記念美術館》
西宮市が故大谷竹次郎氏(元昭和電極社長・現社名SECカーボン(株))より、土地建物、美術作品の寄贈を受け、そのコレクションを広く一般に公開するため、1972(昭和47)年11月に開館した美術館です。日本近代洋画、近代日本画、フランス近代絵画を中心とした当初のコレクションに加えて、阪神間を中心とする地元作家の作品や版画の蒐集にもつとめ、現在では1100点以上の作品を収蔵しています。日本の近代美術史に関わる展覧会をはじめとして、近年ますます人気を集める絵本原画の展示、ジャンルにとらわれない絵画以外の作品の展覧会、また、現代の動向を捉えるような新しい美術の紹介もおこなっています。

西宮市中浜町4-38
http://otanimuseum.jp/

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「おうちでミュージアム」は、地域が誇る美術館・博物館の名品を自宅にいながら楽しんでもらおうと企画しました。各館の学芸員や担当者が“お気に入り”の作品や、近々、お目にかかれる作品を一つだけ選んでご紹介します。世の中が落ち着いたら、ぜひ足を運んで、実際に五感で魅力を確かめてください。

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