絶妙のバランスと構成の巧みさで魅せたオール・ベートーヴェン・プログラム

【PACファンレポート㉕第109回定期演奏会】

 駆け足で秋が進んでいるような10月20日土曜、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の第109回定期演奏会は、ソリストに巨匠ブルーノ=レオナルド・ゲルバーを迎えてのオール・ベートーヴェン・プログラム。芸術の秋にふさわしい演奏会になった。指揮は、サンパウロ・ユースオーケストラ音楽監督のクラウディオ・クルス。

 このところの定期演奏会は大編成が続いていたので、木管楽器奏者が2人ずつの2管編成、演奏者50人余りのステージはとてもシンプルに感じるが、それぞれの楽器の音は却って際立つように思えた。楽器の配置もいつもと違い、舞台に向かって右手前にヴィオラ、その奥にチェロがいる。女性の新メンバー2人のトランペットは左奥、その手前、ヴァイオリンの後ろにティンパニがいる。

 

 オープニングは序曲「コリオラン」。古代ローマの将軍コリオレイナスを主人公にした戯曲「コリオラン」を見たベートーヴェンが、演奏会用に作曲した曲という。約8分と短いハ短調の曲で、祖国を追われ、敵国の将となって祖国に攻め込んだ傲岸な性格の英雄の悲劇的な生涯を端的に物語るドラマチックな音楽だった。途中、とても美しいフレーズが現れるのは、将軍が祖国に残した母や妻を思う心を投影したものだとか。この原稿を書きながら気づいたが、この古代ローマの英雄の生涯と、次の演奏曲(交響曲第3番「英雄」)を、当初は作曲家から捧げられたといわれるナポレオン・ボナパルトの絶頂から失脚する人生は、相似形と言えないだろうか。その意味で「コリオラン」は、まさにこの日の演奏会の“序曲”にふさわしい選曲だったのだなと思う。

 

 さて、交響曲第3番「英雄」だ。この緻密に、複雑に織りなされる壮大な音のタペストリーを、聴覚障害を得た後のベートーヴェンが作曲したことに毎度ながら驚かされる。指揮姿に生来の陽気さが感じられるクルスの巧みなリードに、PACは素直に反応し、それぞれのパートが音を重ね、積み上げていく。その滑らかな連係が聴いていて心地よい。特に第4楽章は冒頭から軽快に楽しく、絶妙のバランスだなあと感じ入った。

 

画家で神戸芸術工科大学教授の寺門孝之さんが使用中のパレットをモチーフにした2018年10月のパンフレットの表紙絵。ペット妖精のミミと灰色妖精のアシュシュがパレットのどこかに

 休憩をはさんで、いよいよゲルバーが登場。1968年以来、日本にはたびたび来日。2010年にはPACの名曲コンサートで2日間にわたり、ベートーヴェンの協奏曲を全曲披露したこともあり、根強いファンたちの熱い期待で迎えられた。本人からのメッセージ「最高の演奏をお届けしたい」との言葉通り、スケールの大きなピアノ協奏曲第5番「皇帝」を、力強く流麗に弾きこなした。熱演に応えたPACもピアノとの“相聞歌”をいつくしむように、呼応するフレーズを奏でて魅了した。

 

 ゲスト・コンサートマスターは田野倉雅秋(名古屋フィルハーモニー交響楽団コンサートマスター、大阪フィルハーモニー交響楽団首席コンサートマスター)。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの戸上眞里(東京フィルハーモニー交響楽団第2ヴァイオリン首席)、ヴィオラの中島悦子(関西フィルハーモニー管弦楽団特別契約首席奏者、神戸市室内管弦楽団奏者)、チェロのマーティン・スタンツェライト(広島交響楽団首席)コントラバスの新眞二(元大阪フィルハーモニー交響楽団首席、宮川彬良&アンサンブル・ベガ奏者)、PACのOGクラリネット奏者の東紗衣。スペシャル・プレイヤーは、PACのミュージック・アドヴァイザーも務めるヴァイオリンの水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)とホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)。PACのOB・OGは、ヴァイオリンで2人、ヴィオラとチェロでそれぞれ1人が参加した。(大田季子)




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