コロナ禍の今だから見つめ直したい“こころ”――日本ホスピス第一人者の最新刊「柏木哲夫とホスピスのこころ」

「患者さんの症状のコントロールができれば、私の仕事は終わりです」。そんなふうに話す医師が、もしも自分や家族の終末期を担当する人だったら、どんな思いを抱きますか? きっと何か釈然としない、行き場のないやるせない思いを感じるのではないでしょうか。

表紙を飾る写真は「1997年、ソンダース先生来日の際、大阪城公園の桜見物にて」。(四六判並製、208ページ、本体価格2,000円)

末期がん患者らの苦痛を取り除き、人間らしい最期に寄り添い、家族をサポートする。そんな医療を担うことを期待されているホスピス緩和ケア病棟は現在、日本に400以上あるそうだ。日本で初めてホスピスプログラムを実践したのは柏木哲夫さん(淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)。1972年にアメリカ留学から帰国し、淀川キリスト教病院に精神神経科を開設した時のことだった。

その後、緩和ケアは国内で広がってきたが、「科学的根拠を重視する傾向に拍車がかかり、“こころ”といった科学的根拠を示せない事柄が軽んじられるようになってきた」と強い危機感を覚えた医師がいる。柏木さんの後輩のホスピス医として淀川キリスト教病院での勤務を経験し、2018年にNPO法人「ホスピスのこころ研究所」を設立した前野宏さん(医療法人徳洲会 札幌徳洲会病院総長)だ。

前野さんは昨年1月から今年1月、理事長を務める同NPO法人の主催で「ホスピス緩和ケアの原点―ホスピスのこころ―を極める 柏木哲夫とシシリー・ソンダース」と題したシリーズ講演会(全6回)を札幌で開催。講師は柏木さんと「世界のホスピスの母」と呼ばれる英国人医師シシリー・ソンダースさん(1918-2005)の論文集を翻訳した小森康永さん(愛知県がんセンター精神腫瘍科部長)の二人が務めた。

このほど出版された柏木さんの最新刊「柏木哲夫とホスピスのこころ」(春陽堂書店)は、この時の講演をまとめたものだ。「寄りそう」力、「人間力」、「ことば」を軸に、3章で構成されている。冒頭に紹介した緩和医療に従事する若い医師の言葉は、本の中で柏木さんが「怒りを覚えた」と吐露しているものだ。

ソンダース本人とも親交があり、2500人以上の患者を看取った柏木さんが、現場で経験したことを自問しながら深化させていった“ホスピスのこころ”。その本質を、角度を変えながらわかりやすく平易な文体で教えてくれる(しかも本文の文字も大きく読みやすい!)。

その“こころ”のありようは、ホスピスケアに従事する人たちだけでなく、コロナ禍で先の見通せない不安な日々を送る今、大切な人たちとともに今この時をどう生きるかという指針にもなってくれそうだ。一度読んだら終わり、ではなく、手元に置いて折に触れ、繰り返し読んで血肉にしたい良書だと思う。(大田季子)




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