変幻自在な音楽に人間賛歌を感じた2019年の幕開け~兵庫芸術文化センター管弦楽団第111回定期演奏会~

【PACファンレポート㉗第111回定期演奏会】

 2019年最初の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の定期演奏会。11月の第110回定期演奏会から2カ月余り、ちょっとPACロス(?)が高じたところで1月18日金曜の初日に、足取り軽くウキウキと出かけて行った。

 今回はわれらが芸術監督・佐渡裕さんの指揮で、パリ管弦楽団のメンバーを中心に構成されたイディッシュ音楽のユニット、シルバ・オクテットと歌手&女優&ダンサーのイザベル・ジョルジュがゲスト奏者だからだ。「きっとひと味違う演奏会になる」。私の予想を大きく上回る特別な演奏会で1年がスタートした。

 

 開演前に登壇した佐渡さんは「昨日は1.17。阪神淡路大震災のあの日からもう24年、この楽団ができてからでも14年が経ちました。早いですね。ご存じの通り、この楽団と兵庫県立芸術文化センターは震災からの復興のシンボルとして始まったので、昨日はリハーサルを始める前に、出演者と来場者の皆さんと一緒に黙とうしてから練習に入りました」。そう話した後に、今日の演奏会の内容を紹介した。「数年前にCDを聴いてからずっと皆さんにご紹介したかったシルバ・オクテットを、ようやくここにご紹介できるのがとてもうれしい。第1部は通常の演奏会と全く違うので、びっくりされると思いますが、同じメンバーが第2部では素晴らしい交響曲を演奏します。全く違う音楽ながら、どこかがつながっている気がしてもらえると思います」。さて、その首尾は?

 

 第1部は八重奏団のシルバ・オクテット&イザベル・ジョルジュによる「イディッシュ・ラプソディー」。ユダヤの音楽をベースに、様々なアレンジが凝らされた無国籍料理のような曲の数々を披露する。オーケストラをバックに、ラフな服装のシルバ・オクテットのメンバー8人が最前列中央に半円形に陣取った。芸術監督でヴァイオリンⅠ奏者のリシャール・シュムクレールと、背中が大きく開いたスパンコールのロングドレスで登場したイザベルが日本語を交えて笑顔であいさつ。「こんなに大きなホールで演奏できるなんて!」と感激を露わにしたまま演奏が始まった。

 指揮の佐渡さんの前にある白い楽器は、台形の響板に張った弦をバチで叩いて音を出す打弦楽器で、ピアノの原型とも呼ばれるツィンバロン(ホワンと不思議な響きがする)。コントラバスだけでなく、2台のヴァイオリン、クラリネット、ヴィオラも立ったままリズムに乗って体を振りながら演奏する。イザベルの力強くのびやかな歌声! ジャズのようにゴキゲンな「イディッシュ・チャールストン」では、PACの弦楽メンバーがイスから立ち上がる演出も。指揮する佐渡さんが、ちょっとツイストしたようにも見えた。

 「ミシルルー」という曲では、ダブラッカというハンドドラムが登場。「え、シルバ・オクテットは8人だよね? この長身のイケメンは誰?」(実はPACコアメンバーのティンパニ&パーカッション奏者、デイヴ・バーンズが登場していたのでした。お気づきになりましたか?)。夕暮れの野の情景を想起させる、小さな打音と静かなクラリネットで始まるこの曲は、単調なメロディーを繰り返すうちに徐々に音が大きくなり、ドラム・セットが入って大爆発! まるでロックのような曲に変わった。

 歌詞はフランス語でもドイツ語でもないイディッシュ語。歌の入る曲は日本語訳が字幕で入り、感情移入しやすい。イザベルは、鼻を赤く染めてチャップリンのような燕尾服で登場してタップダンスを披露したり、白のシースルーブラウスと黒のロングスカートで甘く切ないメロディーを歌ったりして視覚的にも楽しませ、大喝采を浴びた。アンコールではシルバ・オクテットが「ドナドナ」ともう1曲を披露。約50分に及ぶ熱狂冷めやらぬ時間が、終わってしまうのが惜しい気がした。

2019年1月のプログラムの表紙。寺門孝之さん(画家・神戸芸術工科大学教授)が自身のパレット上に描く世界で、灰色妖精のアシュシュとペット妖精のミミが、2人の間にポンと出てきた初日の出の赤に見入っています

 第2部は正装したシルバ・オクテットのメンバーがオーケストラに参加して、エクトール・ベルリオーズ(1803-1869)の「幻想交響曲」。この破格の交響曲を、総勢97人のオーケストラが演奏した。第1部であれだけ自由な演奏を披露したシルバ・オクテットのメンバーが、別人のように真面目な表情で交響曲を演奏する姿。その力量に触発・けん引されて、PACの若いメンバーたちがさらに集中力を高め、研ぎ澄まされた音を紡ぎだしてくる。同じ音階を持ちながら、音楽はなんと変幻自在なのだろう。演奏会を聴きながら私はいつしか「人間、いろいろあっていい。音楽もいろいろあっていい」。そんな思いを胸に抱き始めていた。そうか、佐渡さんが最初に言っていた「どこかがつながっている」というのは、このことだったのかもしれないな。

 これほどの大曲の後だから、アンコールは期待していなかったけれども、PACはベルリオーズ「ハンガリー行進曲(ラコッツィ行進曲)」で聴衆を送り出してくれた。

 

 コンサートマスターはリシャール・シュムクレール(パリ管弦楽団奏者)、ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンのローラン・マノー=パラス(フランス国立管弦楽団第2ヴァイオリン首席)、ヴィオラのグレゴワール・ヴェッキオーニ(パリ国立歌劇場管弦楽団奏者)、チェロのクロード・ジロン(パリ管弦楽団奏者)、コントラバスのベルナール・カゾラン(元パリ管弦楽団首席)、クラリネットのフィリップ・ベロー(パリ管弦楽団ソロ首席)=以上6人はシルバ・オクテットのメンバーでもある。シルバ・オクテットのメンバーはほかに、ツィンバロンのルリー・モラール、ピアノのクリストフ・アンリ。

 続くゲスト・トップ・プレイヤーは、クラリネットの青山秀直(フリークラリネット奏者、大阪音楽大学講師)、ホルンのデイヴィッド・パイアット(ロンドン交響楽団首席)、トランペットのハネス・ロイビン(バイエルン放送交響楽団ソロ首席)、PACのOBでもあるトロンボーンのロジャー・フラット、ティンパニの大竹秀晃(元京都市交響楽団契約奏者、大阪音楽大学演奏員)、パーカッションの奥村隆雄(元京都市交響楽団首席)。

 スペシャル・プレイヤーは、フルートのクロード・ルフェーブル(パリ国立歌劇場管弦楽団副首席)。先述したトロンボーンの1人を含めPACのOB・OGは、ヴァイオリン7人、ヴィオラ、チェロ、コントラバス各1人が参加した。(大田季子)




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