佐渡さんのタクトは魔法の杖!? 歌もダンスもとびきりオシャレに魅了したミュージカル「オン・ザ・タウン」

【PACファンリポート㉝佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2019】

 いよいよミュージカル「オン・ザ・タウン」の開幕だ! 初日の7月12日、ウキウキした気持ちで西宮北口駅に降り立った。同じ方向に向かう人たちも、少しオシャレして一様に足取りが軽い。夏のジャケットと帽子姿の紳士と涼しげなワンピースの淑女のシニアカップルの姿も定期演奏会ではあまり見かけないかな?などと思いながら大ホールに入ると、PACメンバーがオーケストラピットで懸命に音を出している。変調が多く起伏に富むバーンスタインの曲は、いくら練習しても、し足りないのかもしれないな……なんてことを考えているうちに、夢のように幸せな2時間半あまりが始まった。

 

 オープニング。愛妻をベッドに残し、海軍工場へ働きに行くためにひげをそるワークマンたちが鏡に向かって歌う「気分はまだベッドのなか」。やや物悲しい歌詞に合わせたアンニュイなムード漂う曲を、スティーヴン・リチャードソン[バス]の朗々とした歌声を軸にした男性四重唱でうっとりと聞かせる。

あこがれの大都会ニューヨーク。さてどこへ行こうか?(提供:兵庫県立芸術文化センター、撮影:飯島 隆)

 その後すぐ陽気な調子で始まったのが、映画でもおなじみの「ニューヨーク、ニューヨーク」。ゲイビー(チャールズ・ライス[バリトン])、チップ(アレックス・オッターバーン[バリトン])、オジー(ダン・シェルヴィ[テノール])3人の水兵たちの歌声が、それぞれに素晴らしい。ロンドンで稽古が始まった時、ダンサーたちがオペラ歌手の歌声の素晴らしさに驚いたそうだが、まさにその同じ驚きを劇場で味わった。

 装置デザイナーのアントニー・マクドナルドが工夫を凝らしたニューヨークの名所や街が全部で24シーン出現するが、場面転換はスピーディーで、物語はテンポよく進んでいく。地下鉄でゲイビーが一目ぼれしたポスターの“ミス改札口”アイヴィ(ケイティ・ディーコン[俳優・ダンサー])の才色兼備ぶりを伝えるシーンでは、音楽に合わせて踊りながら衣装を着替えていくという歌舞伎もびっくりの演出が楽しい(しかもその衣装がキュートで可愛らしいこと!)。

ヒルディはイエローキャブでチップを自分のアパートに連れて行こうとする(提供:兵庫県立芸術文化センター、撮影:飯島 隆)

 次のシーンでは、ヒルディ(ジェシカ・ウォーカー[メゾ・ソプラノ])のイエローキャブが舞台中央に! このタクシー、なんとちゃんと動くんです(初日前に佐渡さんを取材した時、「ゴルフのカートで作ったんだよ」と教えてもらった)。チップを乗せて、通称「八百屋」と呼ばれる傾斜した舞台の上をスイスイと走っていく。

 そしてオジーが文化人類学者のクレア(イーファ・ケミストリー[ソプラノ])と出会う自然史博物館には大きな恐竜の骨格模型が(これ、後で崩れてしまうんだよね)。クレアの歌声は、2016年の佐渡オペラ「夏の夜の夢」で記憶に残った、あの美声。オジーとのデュエットで情熱的に「われを忘れて」を聞かせる。

 アイヴィに会えないまま町をさまようゲイビーが歌う「寂しい町」は、ニューヨークという大都会の孤独をしんみりと描き出す。

 カーネギーホールのスタジオでアイヴィを教えるマダム・ディリー(ヒラリー・サマーズ[コントラルト])は3オクターブの声域の持ち主。その片鱗をチラリと聞かせて、歌声は確かに素晴らしいけれど、役の上ではどうやらお酒が離せない人みたい(恐らくそのせいもあってアイヴィは窮地に立たされる)。ここでゲイビーはようやくアイヴィと出会えてデートの約束をしたけれど……。

タイムズ・スクエアの群舞シーン(提供:兵庫県立芸術文化センター、撮影:飯島 隆)

 オジーを連れて帰宅したクレアのアパートで待っていたのは、クレアの婚約者・ピトキン判事(スティーヴン・リチャードソン、ワークマンと2役)。冒頭で魅了した、包み込むような低音で「分かっているよ」と歌われると、またしても目がハートになってしまう……。

 第1幕の幕切れはタイムズ・スクエアでの群舞。振付家のアシュリー・ペイジが「一番の見どころ」と推していた通り、見応えのあるダンスが続く。途中「あ、この旋律は!」とハッとさせられたのは、「ウエストサイド物語」の聞き覚えのあるメロディーが組み込まれていたこと。バーンスタインは最初のミュージカルを作った時に、すでにあの印象的な曲想を手に入れていたのね。

 

 第2幕はニューヨークのナイトクラブから。アイヴィが現れないために傷心のゲイビーの前で、あろうことか「いっそ死にたい」という歌を歌い始めるナイトクラブのピンヒールの女性歌手。しかも「縁起でもない」と店を変えた先でも同じ歌を別の歌手がスペイン語で歌い始める。この2人の歌手はフランソワ・テストリー[歌手・俳優]の2役(男性です!)。地下鉄でアイヴィのポスターをはがしたゲイビーを公共物破損で警官に訴えた公共心の高い老女を含めて3役を巧みに演じ分けている。

 2軒目のコンガカバーナで陽気に踊る客たちは「ひょうごプロデュースオペラ合唱団」の日本人歌手たち(あ、前に朝日ファミリーデジタルで紹介した夙川座六月公演「クララ・シューマン 天才のヨメはん」でブラームスを演じた西村圭市さんもカッコよく踊ってる!)。

 3軒目のクラブに酔いつぶれて現れたマダム・ディリーにアイヴィの居場所を聞き出したゲイビーは一人、コニー・アイランドに向かう地下鉄に乗り、眠ってしまう。夢の中で彼がアイヴィと踊るパ・ド・ドゥは、流れるような美しい動きで魅了する。アイヴィのステップは羽のように軽やかだ。

ゲイビーを追う地下鉄の中で4人が歌う「いつかきっと」。別れの時が近づいても、私たちはいつかきっとまた会える……(提供:兵庫県立芸術文化センター、撮影:飯島 隆)

 「帰艦の時が迫っている」とゲイビーを追うチップとヒルディ、オジーとクレアのカップル。クレアに3軒のナイトクラブの支払いを頼まれて「分かっているよ」と包容力を見せてきたピトキン判事もついに堪忍袋の緒が切れて(ここがコミカルで笑える)、ヒルディの同居人ルーシー(アンナ・デニス[ソプラノ])とともにコニー・アイランドへ。ようやくたどり着いたコニー・アイランドで、トルコ風の衣装で「ハーレムの一夜」を踊るアイヴィと再会したゲイビーのもとへ、彼ら全員と老女と警官が現れて大騒動。

 たった24時間で彼女を見つけて楽しもうとした3人の水兵たちがブルックリン港で母艦に戻ろうとすると、ヒルディのタクシーに乗ったアイヴィとクレアが見送りに駆け付ける。名残を惜しむ彼らの後ろには、入れ替わりに休暇を楽しもうと意気揚々と艦を後にする新しい水兵たちの姿。フィナーレの全員の合唱を聞いていると、「佐渡さんのタクトはまるで魔法の杖のよう」と思ってしまった。

 

 最初と最後にほのかにペーソスをにじませながら、見事な歌とダンスで楽しませてくれた佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2019ミュージカル「オン・ザ・タウン」。初日のカーテンコールは温かい拍手で何度も呼び戻された。

 

 バーンスタインの曲を素晴らしい演奏で聞かせたオーケストラには、佐渡オペラ恒例の名手たちが顔をそろえた。ゲスト・コンサートマスターはベルンハルト・ハルトーク(ベルリン・ドイツ交響楽団 第1コンサートマスター)。スペシャル・ゲスト・プレイヤーは、ヴァイオリンのペーター・ヴェヒター(元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 第2ヴァイオリン首席)、ヴィオラのシンシア・リャオ(ウィーン室内管弦楽団首席)、チェロのヨナス・クレイッチ(室内楽奏者、ウィーン室内管弦楽団首席)と、トランペットの原朋直(ジャズ・トランぺッター)。

 われらがPACの初日メンバーは、ヴァイオリン10人、ヴィオラとコントラバスが各4人、ホルンとトランペットが各2人、チェロ、フルート、オーボエ、クラリネット、トロンボーン、バス・トロンボーン・ティンパニが各1人。OB・OGはヴァイオリン4人、ヴィオラとチェロ、クラリネットで各1人が出演した。(大田季子)




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