世界が注目する若手指揮者カーチュン・ウォン。演奏する喜びと幸せの波動に包まれたマーラー「巨人」

【PACファンレポート㊱第119回定期演奏会】

 今日はどんな演奏会になるのかな? 11月23日の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の定期演奏会でタクトを振るのは、2016年第5回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールに優勝し、現在、世界が最も注目する若手指揮者といわれるカーチュン・ウォン。1986年シンガポール生まれで初登場の彼は、わが娘と同い年(そんな些細な偶然があるだけでも親近感が湧き、応援したくなるから不思議だ)。

 

 最初の曲は、ソリストにブラジル生まれのアントニオ・メネセス(こちらは私より1歳年長で、チェロを初めて半世紀を超えたベテラン。つまり、親子世代の共演になるのね)を迎えて、ショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲 第1番」。

 哀調を帯びたチェロの音色で、変幻自在にメロディーが繰り出される第1楽章。木管とのやりとりも一歩間違うと“乱調”に陥るんじゃないかと思わせるスリリングで緊密な曲の運び。演奏にはさぞ神経を使うことだろう。ゆったりと美しく始まる第2楽章は、夢幻の境地からドラマチックな展開を見せて再び夢幻へと戻り、間を置かず第3楽章へ。チェロの独奏だ。大ホールにチェロの音だけが響く、少し張り詰めたぜいたくな時間だった。

 昨年秋にイッサーリスが初登場した時は、PACのチェロ・メンバーたちがソリストの指の運びを食い入るように見ていたシーンを鮮明に覚えている。この日のオーケストラの配置は、チェロのメンバーはメネセスの背後。紡ぎ出された音から演奏する指の形をシミュレーションしているような真剣な面持ちに見えた。オーケストラが入ってにぎやかになった第4楽章は、哀しい中にもおどけたような調子を取り戻して、ティンパニの合図で、唐突に終わる。不穏な音の運びが妙に心をざわつかせる、不思議な曲だった。

 メネセスのアンコール曲はJ.S.バッハ「無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調」よりサラバンド。熱演の後で、再びたっぷりとチェロの魅力を味わった。

寺門孝之さんが描いた2019年11月の第119回定期演奏会のパンフレットの表紙絵。妖精Pacが拾った骨は宝石のように光り出して……

 オーケストラの曲は大作曲家マーラーの交響曲第1番「巨人」。作曲家の名を冠したコンクールの覇者だけに、完璧に暗譜して臨んだカーチュン・ウォンの指揮は、曲調に合わせてとても的確に進む。時折しなやかなダンスのようなパフォーマンスが入るのも楽しい。何よりウォン本人が、この曲を指揮している今この一瞬、一瞬に、大いに喜びを感じていることがわかる。幸せの波動のようなものが彼の全身からあふれ出し、オーケストラにも、客席にもひたひたと伝わっていく。PACメンバーたちも同世代の指揮者との共演を大いに楽しみ、演奏することの喜びを謳歌している。聴衆が目を見開き、耳をそばだてて集中するその中心に位置するのは、カーチュン・ウォン。ホール全体を包むこの幸せな感じ。これがまさに「舞台と客席の一体感」というものだ。演奏が終わってしまうのが惜しいような……。

 帰り道、こんなに幸せな気分にしてくれる演奏会に出合えた喜びをかみしめながら、何度も幸せな気分を反芻した。大切な思い出がまた一つ、増えた。

 

 コンサートマスターはアビゲイル・ヤング(オーケストラ・アンサンブル金沢 第1コンサートマスター)。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの田尻順(東京交響楽団アシスタント・コンサートマスター)、ヴィオラのウェンシャオ・ツェン(バンベルク交響楽団首席)、チェロの林裕(元大阪フィルハーモニー交響楽団首席)、コントラバスの石川滋(読売日本交響楽団ソロ・コントラバス奏者)、ティンパニの近藤高顯(元新日本フィルハーモニー交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、PACのミュージック・アドヴァイザーも務めるヴァイオリンの水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)、ホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)とトランペットの佐藤友紀(東京交響楽団首席)。PACのOB・OGは、ヴァイオリンで9人、ヴィオラで2人、コントラバス、フルート、ホルン、トランペット、トロンボーンで各1人が参加した。(大田季子)

 




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