【précieux 京都】#28
滋賀の有名店から羽ばたく。
安全な食をめざして冷凍食品会社を設立

precieux京都

717株式会社=京都市右京区嵯峨天竜寺北造路町22-82

「717」は社長の松山佳世さんと専務の川瀬裕正さんが昨年夏に立ち上げたスープを中心とした冷凍食品のブランドだ。717という名前は、本当にやりたいことに集中することで運命が自然と上向くことを意味する「エンジェルナンバー」で、なおかつ祇園祭山鉾巡行日であることから名付けた。店舗は持たず、商品は全国の髙島屋などの百貨店の催事と、自社のホームページでネット販売している。塩分を控えながらも旨味を追求したスープ8種類、ハンバーグなど和のテイストが加えられた洋食12種類がベース。「おみそととうもろこしのすぅぷ」626円、「鴨のボーンブロス」702円、「和でいただくローストビーフ」1,944円ほか、家庭で作れそうだけど、手間がかかる料理が並ぶ。

店頭で商品を説明する松山さん。自分のこだわりを丁寧に伝えるようにしている
(髙島屋京都店地下1階で)

 

ピッツァはクリスピーな生地がサクサク。チーズ&ソーセージとツナ&コーンの2種類。パッケージも和テイスト

 

まめとしょうがのすぅぷは、和風だしのスープ

 

コロナが背中を押してくれた

松山さんと川瀬さんは滋賀県では、ちょっと名の知られた存在だった。

まず、松山さんは雑誌やテレビの滋賀特集で頻繁に取り上げられる大津市の「ブルーベリーフィールズ紀伊國屋」オーナーの岩田康子さんの長女。岩田さんは40年前の離婚を機に、小学生だった松山さんと弟(共に父親姓のまま)、2人の子を連れて京都市内から眼下に琵琶湖を見下ろす比叡山山麓に移住。当時は、その存在すら珍しかったブルーベリーを無農薬無化学肥料で栽培し始めた。周囲からは「変わり者」「絶対に失敗する」と言われ、地域でも孤立したが自分の信念を貫き、コツコツと耕した土地に木を植えて育てた。やがて安全でフレッシュなブルーベリー果実、自家製ブルーベリージャム、無添加パンが話題になり、ブルーベリー畑を見渡しながらフレンチが楽しめるレストランも併設した。第2農園とレストラン、近隣の大学構内のレストランと拠点を増やした。営業や企画・広報などを担当していた松山さんは、母親に次ぐ“顔”として全国を巡った。

しかし、家族3人を中心とした小さな事業を容赦なくコロナが揺さぶった。いくつかのレストランを閉め、スタッフを絞って凌いだ。「以前から、70代半ばの母の跡を私か弟のどちらかが継がねばならない、おそらく母は弟に託すだろうと考えていました。家族全員が同じ場所で同じ仕事をするのは、それが傾けば大きなリスクになる。新しい何かを生きるために始めるのは私なのだ、とわかっていても決心がつきませんでした。コロナで大きなダメージを受けて状態が悪くなり、家族会議を重ね、そこで吹っ切れました」と松山さん。

川瀬さんが考えたメニューを試作して、松山さんが意見をいいながら形にしていく。原価計算が重要で、自分たちの理想に近づいても販売価格が高くなりすぎると判断すれば、商品化は諦める

一方、川瀬さんは長浜市の佃煮「一湖房」で代表取締役社長として精力的に事業を展開してきた。湖北の冬は鴨料理が名物。同店は鮎の佃煮と合鴨ロースが有名で、たびたびメディアで、芸能人や有名な料理研究家から「大好きなお取り寄せ」として紹介されている。大学卒業後、ノベルティー卸会社に勤めていた時に叔父に誘われた。当時は、鮎の佃煮が主流で冬の商材が手薄だった。そこで考えたのが後に名物となった合鴨ロースの醤油漬け。上質の鴨肉、出汁に使う昆布や鰹節、醤油も製造元を訪ね歩いて吟味して、商品化するまで7年かかった。叔父の息子は20歳年下だが30代になり、一人前になってきた。家業を継承できるまでの手伝いだから、いつかはバトンを渡さねば。こちらも、コロナで売上が落ち、甥に会社を返すのは今だろうと判断した。

 

人の温かい助けが支えに

琵琶湖を囲んだ湖畔の飲食業のネットワークで普段から交流があった2人は互いに認め合って来た。収束しないコロナ禍への不安や、自分たちがやりたかったことを話すうちに共に会社を設立することに。2人とも急な独立だったので、十分な創業資金が用意できず銀行に融資を申し込んだ。松山さんは独身だが、川瀬さんには妻、大学生と高校生の息子がいる。養っていけるのか。迷った末の決断だった。

毎日の食を豊かで安全なものにしたい。忙しくても一人暮らしでも簡単に栄養を。いきついたのが気軽に食べることができて滋味に富むスープ、ハンバーグやカレーの冷凍やレトルトだった。「冷凍食品やレトルトを使う食事は、何となく手抜きと思われがち。保存料がたくさん入っているというイメージも強く、使う側に罪悪感がある。それを打破したいと」松山さん。こだわったのは素材と調味料。塩は岩塩、マヨネーズやみりんなどはできるだけ添加物が入っていないものを使おう、と決めた。まず、始めたのは自宅での試作品作り。冷凍して川瀬さんの古巣の味にうるさい顧客や、東京で単身赴任中の兄に試してもらった。特に57歳の兄は、自宅での食事の回数が増えたが自炊には限度があり、健康に不安を持っていた。まさに、食べて欲しい層だったのだ。「兄が、もっと送ってくれ、と言ってきた事が自信になりました。けれども商品化するには原価が高すぎるものもありました。まず、こちらが送った材料で小ロットの商品を作ってくれる工場を探さねばいけませんでした」と川瀬さん。何社も断られ、うちも厳しいけど応援する、という工場に巡り合えた。新メニューを送るたびに「717の無添加地獄」と呆れられながらも協力してくれている。

じっくり煮込んだ牛すじと鶏挽肉がたくさん入っている「牛すじたっぷりカレー」1,080円。毎日たべられるカレー、というキャッチフレーズに「それは言い過ぎ」と思ったが、いや、もうホンマ。180gと少なめで、普通のレトルトカレーよりかなり高い。けど、無性に食べたくなるから、仕方ない

 

「ロゴや名刺、パッケージのイラストなどは友人たちが無償でやってくれました。事務所も知人が好意で格安で貸してくれたし、そのほかにも多くの人に助けられました」という松山さんは父親にも相談した。試作品を作る本格的な厨房がどうしても必要だったのだ。父親は京都市北区でリゾートやホテルを展開する(株)しょうざんの代表取締役社長で、京都でも有数の事業家。いつも自分たちのことを気に留めてくれているのはわかっていたが、甘えることはできなかった。父親は「商売はそんなに甘くない。お母さんの傍にいて支えなさい。ワシをいっさい頼るな」と猛反対。何度も頼むと、コロナで利用客が急減した結婚式場の厨房の一角を「空き時間だけ。使用料は払え」と言いながらしぶしぶ貸してくれた。今では時々、試作品作りを見に来て「よっしゃ。ワシも大ヒット商品を作るぞ!」とビミョーな励ましを残してサッと去っていく。

「これからどうなるか不安ですが、50歳を過ぎて新たに歩き出したからこそ、見える景色があると信じています」と松山さん。緑あふれる「しょうざんリゾート」に戻ると心が休まるそうだ

コロナ禍で多くの人が自分も苦しいのに助けてくれ、心の底から励ましてくれた。松山さんは小さい頃から、辛かったり、悲しかったりしたら、いやがらせを受けても怯まずに広大な土地を一人で耕していたり、夜中にレストランでため息をついて思い詰めていたりする幼い頃に見た母の姿を思い浮かべて自分を奮い立たせてきた。だが最近、困難な事が起きると心に浮かんでくるのは違う母の姿だ。
それは忘却していた記憶の奥から浮かび上がってきた。ブルーベリー畑に続く急な坂は冬になると凍り付く。その坂を誰かに助けられながら上る母。収穫に人出が足りないと聞き、猛暑にもかかわらず遠方から無償で助けに来てくれたレストランの顧客の人たちに嬉しそうに頭を下げる母。そうだ。母は幼子を抱えて苦労したけれど、決して一人ではなかったのだ。人は人に支えながら生きていく。その支えは信頼できる覚悟ある者に捧げられるのだと、コロナが確信させてくれた。

※ 717(nanaichinana)
https://717kyoto.com/
商品購入は
https://717kyoto.stores.jp/

 

コロナ3年目。Where Are You Now?

まさか、霧中を歩くような日々が、こんなに長く続くとは。脅威・恐怖にどう立ち向かうか。社会の新しい仕組みへのとまどい、明確になった親しい人との価値観の違い、日本人が大切にしてきた道徳観のほころびへの対応……ストレスの泡に沈みそうになった。国内外の観光客や祇園祭などの催事に支えられてきた京都という街の状態は、復活へのバロメーターとなることが多かった。2022年の夏が終わろうとしている。新型コロナウイルス感染症をきっかけに、京都で新たな一歩を踏み出した人たちを紹介するシリーズ。迷いながら、光が差す方向に進む自らを信じる力、そこに。

 


◆Writing / 澤 有紗

著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。

京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。

主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分 – QOL Terakoya Movement‐」を定期開催。
https://www.qol-777.com

https://www.247select-kyoto.com

過去の「précieux 京都」一覧はコチラから




※上記の情報は掲載時点のものです。料金・電話番号などは変更になっている場合もあります。ご了承願います。
カテゴリ: précieux 京都