震災からの25年を心に刻む特別な日に聴いたニ長調の名曲~兵庫芸術文化センター管弦楽団第120回定期演奏会~

【PACファンレポート㊲第120回定期演奏会】

 阪神・淡路大震災から25年。特別な日の翌日、1月18日の兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)の第120回定期演奏会は、開幕前に登場した佐渡裕芸術監督が厳かな面持ちで話し始めた。

 

 「昨日、震災から25年の1月17日の定期演奏会は、夕方の5時46分、震災の起こった時間の12時間後にオーケストラもお客様も黙とうを捧げてから始めました。朝からオーケストラと一緒に追悼式典に出て、PACメンバーは(阪急西宮)ガーデンズでアウトリーチの演奏をしたり、長田のかつて避難所だった体育館で、中高生のブラスバンドを集めて130人ぐらいの演奏会をしたり、とても忙しい日になりました。

 今回の演奏曲はベートーヴェンの協奏曲とフォーレのレクイエムです。フォーレのレクイエムは多くの犠牲者のために演奏する曲ですけれども、ニ長調というすごく美しい調性で終わる。ベートーヴェンもニ長調から始まり、ニ長調で終わる。第九もニ長調ですが、ニ長調でくくるプログラムにしました。

 復興のシンボルとして始まった劇場なので、開館から今まで、多くの犠牲者に手を合わせること、そして同時に次の世代に向けて、この街の未来を生き残った我々がしっかり盛り上げていこうという誓いの場でもあると思って、毎年1月17日が来る時にはそれを意識した演奏会をやってきました。

 25年経った今、つらいことや苦しみを乗り越えて、街は安全で美しい街になりました。しかし皆さんの心の中には忘れられない様々な思いがあるでしょう。今日はたくさんの拍手をお願いします。犠牲者の方々に、そして何よりこの25年間を歩んできた皆さんに。そんな思いを込めて演奏会を始めます」

寺門孝之さん(画家・神戸芸術工科大学教授)が描く2020年1月のプログラムの表紙。妖精Pacは、ペット妖精ミミの後を追いかけて……

 ソリストの菊池洋子さんは、定期演奏会やユベール・スダーン「モーツァルトの旅」、リサイタルシリーズ「モーツァルト 音のパレット」などで多数、この劇場の舞台に立っている。

 自身も「西宮のお客様には、成長を見守っていただいている感覚がある」とプログラムのインタビューにあったが、佐渡芸術監督とは意外にも初共演。現在ウィーン在住で、この日のベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」(ピアノ協奏曲版)は、現地の集まりで佐渡芸術監督と交わした会話がきっかけで実現したプログラムだそうだ。ピアノ版はベートーヴェン自身の作曲で、ヴァイオリン版では演奏家の自由な演奏に任せている第1楽章終わりのカデンツァ部分を、新たに譜面に起こしているという。

 シックな黒のロングドレスで登場した菊池さんは、オーケストラの導入部に聴き入り、滑らかに演奏を始めた。輪郭のはっきりした澄んだピアノの音が、懐かしく優しくホールを満たしていく。その心地よい調べに身を委ね、自在に繰り出される音を味わう至福。オーケストラの演奏で規則正しく繰り返される4分音符のリズムが「そう、その調子で前に進んでいくのよ」と励ましているかのようだ。

 オーケストラが沈黙するカデンツァ部分は、ピアノとティンパニの対話。当時としては極めて前衛的な手法だそうだが、考えてみればどちらも打楽器。軽快なリズムを支え、ドラマチックに演出するティンパニの音に誘われて加速するピアノ……。ゆったり進む第2楽章、再び軽快に躍動感あふれる第3楽章と、緩急の彩りも大いに楽しめた。

 そして、菊池さんのアンコール曲はリスト「愛の夢」。約45分に及んだ熱演の疲れも見せず、華やかな名曲で聴衆の賞賛に応えた。

 

 休憩をはさんで、佐渡さんが冒頭のトークでも「数あるレクイエムの中でも最も優しく、美しい作品」と紹介したフォーレの「レクイエム」。合唱はオープニング記念第9合唱団(指揮:本山秀毅)、独唱ソプラノは幸田浩子、バリトンはキュウ・ウォン・ハン。日本語訳が字幕に映し出され、大意がわかる。全7曲の中でも、独唱バリトンが入る第6曲「リベラ・メ(私を解き放ってください)」には、「天は震え 地は動き…」と、震災の日を思い起こさせる言葉があり、静かな涙を誘った。

 「レクイエム」だけに、劇的ではなかった曲の終わり。束の間の静寂のあと、佐渡さんが望んだとおりの大きな拍手がいつまでも鳴り止まなかった。忘れない、忘れてはならない、忘れたくない、特別な日を心に刻む演奏会だった。

 

 ゲスト・コンサートマスターはアントン・バラコフスキー(バイエルン放送交響楽団首席コンサートマスター)。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの戸上眞里(東京フィルハーモニー交響楽団第2ヴァイオリン首席)、ヴィオラの井野邉大輔(仙台フィルハーモニー管弦楽団ソロ首席、大阪フィルハーモニー管弦楽団特別契約首席)、チェロの富岡廉太郎(読売日本交響楽団首席)、コントラバスの石川滋(読売日本交響楽団ソロ・コントラバス奏者)。スペシャル・プレイヤーはホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)。PACのOB・OGはヴァイオリン7人、ヴィオラ3人、コントラバス2人が参加した。(大田季子)

 




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