自分たちの劇場だからこそ成し遂げた、大編成の「アルプス交響曲」~兵庫芸術文化センター管弦楽団特別演奏会~

【PACファンレポート㊷特別演奏会 佐渡裕 アルプス交響曲】

ベートーヴェンの2曲の交響曲を演奏した1週間後、9月19日の特別演奏会で佐渡裕芸術監督が選んだのはリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の「アルプス交響曲」だった。

もともと2020-21シーズンの定期演奏会の開幕に演奏する予定だった曲だから、佐渡さんはきっと年明けごろから楽譜をひもとき、様々に構想を温めていらしたに違いない。コロナ禍でいつもの形での定期演奏会の開催を取りやめている今、100人を超える大編成のオーケストラが必要なこの曲を、ようやく演奏できる日を迎えたことを、どれほど感慨深く思っておられることだろうか……。

そんなことを思いながら、KOBELCO大ホールに足を踏み入れた。

目に飛び込んできたのは、舞台上にびっしりと配置された圧倒的に多い楽器と椅子の数々。よく見ると、奏者間の距離は通常より広く取ってある。2セットのティンパニと大太鼓、雷鳴をとどろかせるサンダーシート、グロッケンシュピールなど様々な楽器が並んだパーカッションのひな壇は、いつもより随分高く、まるで山がそびえ立っているようだ。舞台下手にはチェレスタと2台のハープ、上手には8台のコントラバスが置かれている。

バンダの演奏時には2階バルコニーにトロンボーン2、1階通路にホルン4、トランペット2が登場した。(写真提供:兵庫県立芸術文化センター、撮影:飯島隆)

演奏前にマイクを手に登場した佐渡さんは、1週間前よりも精悍な顔立ちに見えた。ハードな練習を重ねたせいか、入念な感染症対策を準備するのに心を砕いたせいか。きっとその両方なのだろうけれど。

「今日演奏するアルプス交響曲を作曲したリヒャルト・シュトラウスが、もし現代に生きていたら、きっとジョン・ウィリアムズのように、たくさんの映画音楽を手掛けているだろうと思います。この曲は、彼が若いころドイツの最高峰ツークシュピッツェに登った時の思い出をもとに、51歳の時に作曲した曲です。まだ暗い夜から日が昇って辺りが明るくなる。登山口から山に登り始め、小川のせせらぎ、花咲く草原、頂上からの景色、霧が出て日が陰り、突然の嵐が襲う。嵐が去り、日が沈み、また再び夜が来る。そんな情景を音楽で見事に表現しているのです。

そのために必要なのは、大編成のオーケストラ。PACが今日ここでこの曲を演奏できるのは、ここが自分たちの劇場だからです。もしホールを借りて演奏会をするオーケストラだったら、こうはいきません。このホールはオペラを上演するために、舞台の裏側と上手と下手に舞台と同じ広さの空間を持つ4面舞台という構造になっています。昨日までの3日間、私たちはここで練習をしましたが、全員を舞台に上げるために音響反射板を後ろに7メートル移動して、舞台を広くしました。音の響きを確認しながら、もっと立体的な音をつくろうと、スタッフがひな壇を高くしました。ティンパニの段は2メートルぐらいの高さになったはずです」と熱く語りかけた。

当日のプログラムの表紙

密にならないよう距離を保ちながら舞台に登場するオーケストラメンバーに拍手を送りながら、今更ながらの大人数に目を見張る(プログラムで確認したら、指揮の佐渡さんを含めると総勢116人!)。

静かに厳かに始まった演奏が、徐々に壮大さを増していくと、まるで目の前に高い山が立ち現れてくるようだ。分厚い弦に支えられ、木管も金管もいきいきと躍動し始める。起伏に富んだ音楽に心地よく身を委ねているうちに、まるで自分も山の中に迷い込んだような気分に。あ、あれは小鳥のさえずり、木立の間からこちらを覗いているのはシカだろうか……。

変化しながら中断なく続く時間旅行が、「18.嵐の前の静けさ」「19.雷雨と嵐、下山」でクライマックスに達する。取っ手を回してヒュウヒュウと風の音を送り出すウインドマシーンをはじめ、パーカッションの4人は滑るように移動しながら多彩な音を送り出し、緊迫した空気が辺りに満ちる。あ、でもこの後はもう、終盤に向かっていく。演奏が終わってしまうのが惜しいような気持ちになり、いつまでも聴いていたいと、かなわぬ願いを抱いた。

残響が消えて掲げていた両腕を下ろしたマエストロは客席に向き直り、深々とお辞儀した。その様子を見ているうちに誇らしい気持ちが湧き起こってきた。この時代に、この街に、PACと佐渡芸術監督がいることが、本当に誇らしい。

パンフレットに記載されている当日の演奏家たちの名前。開演前にこのページを読むのが私の大きな楽しみだ

この日もアンコール演奏はなし。約50分の濃密な演奏を終えて、ティンパニとパーカッションはハイタッチで互いを称え合っていた。何度も舞台に呼び戻された佐渡芸術監督の顔は達成感に輝いていた。

コンサートマスターは豊嶋泰嗣。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンの戸上眞里(東京フィルハーモニー交響楽団第2ヴァイオリン首席)、PACのOGでもあるヴィオラの石橋直子(名古屋フィルハーモニー交響楽団首席)、チェロの林裕(沖縄県立芸術大学教授/元大阪フィルハーモニー交響楽団首席)、コントラバスの石川滋(読売日本交響楽団ソロ・コントラバス)、バスーンの中野陽一朗(京都市交響楽団首席)、トランペットの高橋敦(東京都交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーはPACのミュージック・アドバイザーも務める水島愛子(元バイエルン放送交響楽団奏者)、ホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)、トロンボーンの倉田寛(愛知県立芸術大学教授)、ティンパニの奥村隆雄(元京都市交響楽団首席)。PACのOB・OGはヴァイオリン12人、ヴィオラは石川のほかに1人、チェロとトロンボーンが各1人、コントラバスが2人参加した。(大田季子)

【付記】9月20日(日)の特別演奏会は、初めての試みで有料配信を実施。300人を超えるチケット購入があったという。

 




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