佐渡芸術監督が特別な思いを込める1月、生命の神秘を感じる2曲を演奏~兵庫芸術文化センター管弦楽団 第129回定期演奏会~

【PACファンレポート51兵庫芸術文化センター管弦楽団 第129回定期演奏会】兵庫県立芸術文化センターは、阪神・淡路大震災からの心の復興のシンボルとして誕生した特別な劇場だ。それだけに、佐渡裕芸術監督は毎年1月の定期演奏会には特別な思いをもって臨んでいる。

 

今年のプログラムで取り上げたのは、武満徹「系図-若い人たちのための音楽詩-(語りとオーケストラのための)」とマーラー「交響曲第4番」だった。

1月15日土曜、演奏前のトークで佐渡さんは、この2曲は今回が初めての演奏と紹介し、曲の解説を始めた。

熱のこもった佐渡さんのプレトーク

「武満さんの系図は、谷川俊太郎さんの『はだか』という詩集から武満自身が選んだ6編の詩を少女の語りで届けるものです。今日は白鳥玉季ちゃんが語ってくれます。松本のサイトウ・キネンで小澤征爾さんが指揮して日本初演された時もアコーディオンを弾いた、御喜美江さんが出演してくれます。

2022年1月のプログラムには「系図」で読み上げられた6編の詩と、マーラー「交響曲第4番」第4楽章でソプラノ歌手の石橋栄実さんが歌ったドイツの民族詩集「子どもの不思議な角笛」より「天上の生活」の原語と和訳を収録

詩は『むかしむかし』『おじいさん』『おばあさん』『おとうさん』『おかあさん』『とおく』の6編で、家族のことを全部ひらがなで書いていますが、ほのぼのした内容ではありません。最初の詩は少女が赤ん坊の時のことなのかなと思います。おじいちゃんは動作がゆっくりして話をしない。少女は今の気持ちを話してほしいと思っている。おばあちゃんは臨終間際で死んでしまう。まっすぐ前を向いて何も見ずにご飯を食べるおとうさんに、少女が『ずうっといきていて』という時の音楽は圧巻です。おかあさんはビールを飲みながらカレーを作って出かけていく。少女は怒っていてもいいから帰ってきてほしいと言う。『とおく』に出てくるごろーは犬なのか……。

これらの詩の意味を俊太郎さんに確かめようとしましたが『ご自由におやんなさい』と。俊太郎さんはもう90歳ですから無理もないです。でも、どのように解釈したらいいのか、とても難しい。

どうしようか悩んでいてコーヒーを飲みに入った神戸の喫茶店で偶然、俊太郎さんの息子さん、賢作さんに出会いました。賢作さんは『俊太郎は詩には自分のことを書いている』と言いました。そうか、少女が語るけれど、書いたのは俊太郎さんだ。それで改めて『とおく』は距離ではなく、時間のことではないかと思いました」

「マーラーの第4番は、マーラーにしては短い曲です(といっても約54分あります)。とても美しい曲で、ウィーンで国立歌劇場の総監督になった時期に作曲されました。ユダヤ人のマーラーがユダヤ教からキリスト教に改宗した時期と重なるので、第4楽章の合唱の歌詞にキリスト教の聖人たちの名前がズラリと登場していることと無関係ではないのだろうなと思っています」

当日の指揮者である佐渡芸術監督の約15分に及んだ丁寧な解説で、未知の曲に対する興味が一気にかき立てられ、演奏が始まった。

演奏を聴きながら私の想像力は飛翔した

多彩なパーカッションが跳躍する「系図」の音楽は非常にドラマチックだった。

だが、取材して原稿を書くことが仕事の私の五感は、どうしても言葉に幻惑され、白鳥さんがよく通る少しハスキーな声で語る言葉を追いかけて拾おうとしてしまう。

演奏会終了後のホワイエに、今夏の佐渡オペラのチケットが3月に発売される告知のポスターが掲示されていた。2020年コロナ禍で上演が延期されたプッチーニ「ラ・ボエーム」にようやく会える!

佐渡さんが赤ん坊の時のことかと話した最初の詩は、私には原初の生命のことのように思えた。語り手である少女は身の内に、原初の記憶を宿しているのではないか。生命は遥かな時間を旅して、その記憶を、遠い未来へつなげようとしているのではないか……。

マーラーの交響曲は、美しい調べにうっとりと聞きほれていると突然、劇的に変化する構成だった。その落差に私が想起したのは、その時読んでいた柏木哲夫さんの最新刊「老いを育む」にあった「生と死は表裏一体」という言葉だった。1・17で生死を分けたのも、まさに様々な偶然が重なった末の出来事だったろう。いつ、ひっくり返るかわからない不安定な生を、私たちは生きている。だからこそ、今この瞬間を大事にしていかなければという気持ちにさせられた。

ソプラノの石橋栄実さん、アコーディオンの御喜さんも参加してのアンコール曲は、「この道」(作曲・山田耕筰、作詞・北原白秋)だった。懐かしい調べと日本語の美しい歌詞が心にしみわたり、自然に涙が流れてきた。

様々なことを思いながら聴いたこの日の演奏会の記憶は、私の人生にとってかけがえのないひとときとなった。

コンサートマスターは田野倉雅秋。ゲスト・トップ・プレイヤーは、ヴァイオリンのビルマン聡平(佐渡芸術監督が2023年4月-27年3月の音楽監督就任を控えて今年4月からミュージック・アドバイザーを務める新日本フィルハーモニー交響楽団から第2ヴァイオリン首席が出演)、ヴィオラの中島悦子(関西フィルハーモニー管弦楽団特別契約首席、神戸市室内管弦楽団奏者)、チェロの市寛也(NHK交響楽団奏者)。スペシャル・プレイヤーはクラリネットの三界秀実(東京藝術大学准教授、元東京都交響楽団首席)、ホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)、パーカッションの近藤高顯(元新日本フィルハーモニー交響楽団ティンパニ首席)。PACのOB・OGはヴァイオリン6人、コントラバスが2人、チェロとフルート、トランペットが各1人参加した。(大田季子)

 

【第130回定期演奏会の出演者変更のお知らせ】

2月11日(金・祝)~13日(日)開催予定の次回定期演奏会で出演を予定していた指揮者シルヴァン・カンブランと、ソリスト(ヴィオラ)のティモシー・リダウトが新型コロナウイルス感染症の影響で来日できなくなったため、指揮者が下野竜也、ソリストが川本嘉子に変更された。演奏曲の変更はなく、リゲティ「ルーマニア協奏曲」、バルトーク「ヴィオラ協奏曲」、ムソルグスキー(ラヴェル編)組曲「展覧会の絵」を届ける。

 




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