クラシックの多彩な楽しみを全身でアピールした佐渡裕芸術監督~兵庫芸術文化センター管弦楽団 第143回定期演奏会~

【PACファンレポート65兵庫芸術文化センター管弦楽団 第143回定期演奏会】8月5日土曜日、佐渡裕芸術監督が指揮した2022-23シーズンの最後を飾る兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)第143回定期演奏会。夏恒例の芸術監督プロデュースオペラ閉幕後に定期演奏会が組まれるのは初めてのこと。今春から新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督にも就任した佐渡さんの多忙なスケジュールを反映してのことだろうと思うが、われらが芸術監督は酷暑にも負けずエネルギッシュな演奏を届けてくれた。

最初の曲は20世紀のイギリスを代表する作曲家ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の歌劇「ピーター・グライムズ」より「4つの海の間奏曲」。ブリテンはシェークスピアの名作を取り上げた佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2016「夏の夜の夢」の作曲家で、ファンタジーあふれる美しい音楽が印象的だった覚えがある。

この作品も「夜明け」「日曜の朝」「月光」「嵐」と、天候や時間により表情を変える海を多彩な楽器と音で描写した作品だった。プログラムのオペラの筋書きを読んで、私は今年初めに見た映画「イニシェリン島の精霊」のゾクゾクするような閉塞感を思い出してしまった。

ところが、趣の異なる間奏曲を指揮する佐渡さんはとても楽しそうで、その躍動する指揮姿に「もしやロックしているんじゃないの⁉」と思ったぐらい。通常私たちがイメージするクラシック音楽の枠をひょいと飛び越えて、全身で「どうです? ほら、クラシックにはこんな音楽もあるんですよ!」と伝えてくれているようだった。

 

8月号のプログラムの表紙。神戸の街に夕方から吹く海風をイメージ

ソリストは20歳のヴィオラ奏者、谷口朱佳(あやか)。ドイツの作曲家パウル・ヒンデミット(1895-1963)の「室内音楽 第5番」を演奏する。

舞台の大転換の時間にマイクを持った佐渡さんが登場。今回のメインとなるヨハネス・ブラームス(1833-1897)「交響曲第2番」は、2006年秋、佐渡さんが創設間もないPACを率いて東京で初めて演奏した思い出の曲だそう。ブラームスの交響曲の中では非常に明るい曲だと語った。

そして「今シーズンの最後の、この演奏会が終わると10人のメンバーがPACを卒業します。アカデミーの機能を持つPACは通常3年で卒業するのですが、この学年は(学年というのは変ですが)、コロナの影響で年間200の演奏会を行うはずが半分もできなかったため、県に無理を言って4年の在籍を許してもらいました」と感慨深げに話した。

最後にソリストの紹介とともに、ヒンデミットの曲を「一見奇抜な曲に思えますが、根底にはバッハがあるのでしょう」と話した。

それを聞いて、私の想念はまたまた飛躍。

ちょうど前日に封切られたフランス映画「ジェーンとシャルロット」の1シーンが頭に去来した。先月16日、76歳で亡くなった大女優ジェーン・バーキンを、娘であるシャルロット・ゲンズブールが撮ったドキュメンタリー映画だ。

スタジオでの写真撮影シーン。カメラを構えた娘が母にBGMは何がいいかと聞く。一つ目の答えにNGを出したシャルロットに、ジェーンの次の答えは「バッハ」。ヨーロッパの人たちにとって、バッハがどれだけ身近な存在なのか。それが腑に落ちた気がした。

県内3カ所でのツアーを終え、定期演奏会2日目のソリストは、佐渡芸術監督とともに程よくリラックスした感じでステージに立った。独奏ヴィオラが引き立たつ編成で、弦はチェロとコントラバスだけ。普段はあまり前面に出ないヴィオラのメロディーを、木管と金管が変奏して追いかける。堂々と演奏した曲は、いたずらっ子が少しおどけているようなイメージで、聴いていてユーモラスな気分になった。

ソリストのアンコール曲は、マックス・レーガー「ヴィオラソロのための3つの組曲」第1番より第3楽章。こちらは打って変わって静かな曲だった。

この日はカーテンコールの時に特別に撮影が許された

そして、ブラームスの「交響曲第2番」。演奏会はいつも一期一会ではあるけれど、今シーズンのメンバーとの残り少ない演奏を惜しみ、指揮する佐渡芸術監督を真剣な表情で見つめるPACメンバーの表情は真剣そのもの。とても心に残る演奏で、終演後のメンバーを称える拍手はいつも以上に大きかった(ひときわ大きい拍手をもらったのは、ホルンのルーク・ベイカー)。

オーケストラのアンコール曲はドヴォルザーク「スラブ舞曲集」作品46第1番だった。

 

コンサートマスターは田野倉雅秋。ゲスト・トップ・プレイヤーは、PACのOGでもあるヴァイオリンの名雪菜穂(ノルウェーのスタヴァンゲル交響楽団奏者)、ヴィオラの小野富士(元NHK交響楽団次席)、チェロの市寛也(NHK交響楽団奏者)、コントラバスの黒木岩寿(東京フィルハーモニー交響楽団首席)。スペシャル・プレイヤーは、ホルンの五十畑勉(東京都交響楽団奏者)。PACのOB・OGは名雪を含めヴァイオリン9人、ヴィオラとコントラバスが各1人、チェロ2人が参加した。(大田季子)




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