感涙のアリア、壮大なアンサンブルが導くハッピーな結末に鳴り止まぬ拍手~佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017「フィガロの結婚」~

【PACファンレポート⑭佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2017】

 どっちにしようか迷った挙句、今夏の佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ「フィガロの結婚」はダブルキャストの魅力に抗い切れず、7月22日と23日の千秋楽、2日間連続で見てしまった。フィナーレのすごさを伝え聞いて「一度は行きたい」と思っていた佐渡オペラの千秋楽の感動も初めて体験した。

 

 佐渡オペラのダブルキャストを堪能したのは2012年「トスカ」、15年「椿姫」に次いで3回目。今回はオーケストラピットがよく見える席にこだわってチケットを取った。舞台に向かって左袖の2階席では、4階席まで満員の観客も視野に入り、大いに一体感が味わえた。中央の3階席からは奥行きのある舞台装置の全体像がよく見えた。

当日プログラムの表紙はポスターと同じデザイン。レース編みのシックな花嫁のブーケが印象的だ

 毎回思うのは、同じ演目でもそれぞれの歌手の持ち味が発揮されて、互いの“化学反応”が起きると、バランスや印象がこれほど違ってくるのかということだ。個性豊かな生身の人間が歌い演じる面白さに加え、観客席から笑いが起こるタイミングと笑いの質(ニュアンス)、拍手の大きさなどの微妙な違いが、舞台上のキャストにも影響を与えているのがよくわかる。

 まさにそれが生の舞台の醍醐味(だいごみ)なのだが、特に「フィガロの結婚」は、佐渡芸術監督がプログラムで「異なる感情のベクトルをごく鮮やかに一つの方向に納め、壮大なアンサンブルに昇華させる、これこそがモーツァルトの天才たる所以(ゆえん)」と語るように、観客は渦巻く歌声の波動のただなかに身を浸すことを余儀なくされる。その圧倒的な音楽体験の果てに訪れる幸福感は、観客だけでなく、出演者や指揮者、オーケストラ、この舞台にかかわるすべての人々に共通するものなのだろう。

 

 2月の制作発表記者会見で「スザンナが登場すると何かが起こる」と話したスザンナ役の中村恵理が佐渡オペラに初登場し、開幕前にインタビューした並河寿美が伯爵夫人役を務めた22日は、大阪音大出身のこの2人をはじめ、伯爵の髙田智宏、フィガロの町英和ら日本人キャストを中心に、ピタリと息の合ったチームだった。中村のスザンナは期待を裏切らない素晴らしさでアンサンブルの相手の懐に飛び込み、その魅力を引き出していく。アメリカから初来日してケルビーノ役を務めたベサニー・ヒックマンは体当たりの演技でフレッシュな魅力を振りまき、観客を沸かせた。

 第2幕の冒頭、伯爵夫人の部屋のベッド(バックヤードツアーで目にしてはいたが、照明効果でひときわ夢想的で美麗なセットに仕上がっていた)にたたずむ並河の姿に、彼女の緊張を思って私の胸もドキドキ。「愛の神様」を歌い出すまろやかな歌声が、うまく物語に溶け込んでいくのを目の当たりにしてホッと安堵した。さらに第3幕の切なさ極まる大アリア「どこへ行ったの、甘さと喜びの美しい時は」には、思わず涙腺が緩んでしまった。

第2幕の冒頭。伯爵夫人の部屋の美しい舞台(提供=兵庫県立芸術文化センター、撮影=飯島隆)

 コミカルな役どころのマルチェリーナ(清水華澄)、バルトロ(志村文彦)、バジリオ(渡辺大)、アントニオ(晴雅彦)、バルバリーナ(三宅理恵)は、楽しんで舞台に立っているムードを全身から醸し出していた。

 

 23日の千秋楽公演は、海外からのキャストが中心。伯爵に初来日のユンポン・ワン。孤独な権力者の焦燥と苦悩を誇り高くスマートに魅せた。伯爵夫人は、産後3週間の身で急きょ南アフリカから初来日したキレボヒリ・ビーソン。堂々とした存在感と余裕を感じさせるたおやかな歌声で魅了した。ドイツ出身で兵庫県立芸術文化センター初登場のリディア・トイシャーが演じたスザンナは豊かな声量で歌いながらクルクルとよく動き、キュート。

 フィガロのジョン・ムーア、ケルビーノのサンドラ・ピケス・エディ、バジリオのチャド・シェルトンは2014年の佐渡オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」に出演しており、演出のデヴィッド・ニースとも旧知の仲。「このホールのお客さんは、こうすると喜んでくれる」。そんな手応えを知っている、自信に溢れた舞台姿で物語をけん引した。

 マルチェリーナ(ロバータ・アレクサンダー)、バルトロ(アーサー・ウッドレイ)は、芸文センター初登場ながら、さすがの円熟ぶり。全日出演した晴と三宅は、千秋楽とあって思い切った演技に全力で挑んでいた。

 

 オーケストラピットの佐渡芸術監督は、シーズン終了間近で確かな成長を感じさせるPACメンバーを率いて、いかにも楽しげな指揮姿。スペシャル・ゲスト・プレイヤーはコンサートマスターのベルンハルト・ハルトーク(元ベルリン・ドイツ交響楽団 第1コンサートマスター)、ペーター・ヴェヒター(元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 第2ヴァイオリン首席)、チェロのヨナス・クレイッチ(室内楽奏者、ウィーン室内管弦楽団首席)。印象的な響きを奏でたチェンバロはケヴィン・マーフィーが務めた。

フィナーレの歓喜に沸くステージ(提供=兵庫県立芸術文化センター、撮影=飯島隆)

 両日ともカーテンコールでは拍手がいつまでも鳴り止まなかったが、千秋楽のフィナーレでは、佐渡芸術監督だけでなく、オーケストラの全員も舞台へ。バックスクリーンに打ち上げ花火が豪快に映し出され、出演者たちの母語で「ありがとう」の言葉が乱舞した。

(大田季子)

 

 【速報】兵庫県立芸術文化センターの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2018は歌劇「魔弾の射手」を2018年7月20日(金)~29日(日)に上演予定。




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