【précieux 京都】#12 住職曰く「一休さん縁の寺だから、Everything OK(なんでもアリ)」。12月16日(日)まで現代クリエイターによる襖絵を特別公開
大徳寺真珠庵=京都市北区紫野大徳寺町52

precieux京都

普段は閉められている門が、期間中のみ開く
普段は閉められている門が、期間中のみ開く

 京都人は噂と詮索が大好き。何かと難しく、ややこしく、時にはゲンナリするほどだ。土地も狭ければソサエティも狭い。「革新」を容認する懐の深さもあり、革新を進める側が突破の強い力を持っていれば、圧倒的な威力を持ち始める。
 いま、京都で「おもしろい!」と、話題になっているのは、特別公開を始めて約1か月経った大徳寺真珠庵(通常非公開)の「襖絵プロジェクト」だ。臨済宗大徳寺派大本山、一休宗純禅師を開祖とする大徳寺の塔頭寺院。重要文化財の曽我蛇足、長谷川等伯の方丈襖絵が、やや無防備に、そのままはめ込まれていることでも知られてきた。約400〜530年を経て痛みが目立ち始め、2015年から8年計画で修復することになり、その費用を捻出しなければいけなくなった。襖絵24枚を修復するために約8千万円が必要で、その35%を寺が負担する。そこで「一休さんの生まれ変わりかわりに違いない。僧侶にしておくのはもったいないくらいの遊び心とプロデュース力の持ち主」と言われている真珠庵第27世住職・山田宗正さんが考えたのが、新しい襖絵を知人の漫画家の北見けんいちさん、映画監督の山賀博之さん、アートディレクターの上国料勇さんたち現代のクリエイターに描いてもらうことだった。

山田正宗住職
マンガ「釣りバカ日誌」の北見けんいちさんが描いた襖絵「楽園」の前で山田正宗住職。
描かれているのは北見さんが愛してやまない鹿児島県・与論島の風景。山田住職も幾度となく足を運び、現地の人と交流してきた

 山田住職は「マスコミに多く取り上げられて話題にならないはずがない。いずれのアーティストにも多くの若いファンがいて、今まで寺に興味が無かった世代にも来てもらえる。単に拝観料をいただき、それを修復費の一助にするだけではなく、お寺を身近に感じていただき、記憶として残る「文化の継承」にもつながるにちがいない」と考えたのだ。NHKの番組でその制作風景が放映されるやいなや、寺には「何という事をするんや。許されない」「伝統を捨てる気か」などという声が寄せられた(現在も続いているそうだ)。個性派ぞろいの絵師が予定を過ぎても荷解きもせずに放置していても、公開後に「あと完成までに10年くらい、100か所くらい修正する予定」と言いながら、微妙な手直しを加え続けても、山田住職は笑って「一休さんの寺だからEverything OKなのです」と言い続けてきた。

クラウドファンディングも実施
クラウドファンディングも実施(現在は終了)。この空いた場所に一休さんにちなんで193万円支払うと自分の姿を書き込んでもらえるというもの
中央のマイクを握り熱唱する男性が山田住職
中央のマイクを握り熱唱する男性が山田住職

 北見さんには襖を送ったが、基本的にはクリエイターは寺に寝泊まりして合宿状態での作画。共に酒を飲み、自然を愛で、ちょっぴり相手の進捗を気にしながら、月日を送った。ファイナルファンタジーXII、XIII、XVシリーズなどでコンセプトアーティスト、アートディレクターを歴任した上国料勇さんは「寺にこもって描くのは、外界と隔離されることで、参考にするものが何もないと思っていました。それが、この小さな空間で生活してみて、求めるアイデアのすべてが落ちていることに気が付きました。寺ってすごい。ネット検索などで得られるものではなく、発見ごとに自分の頭の中でどんどんふくらんでくれた。数か月の寺生活で、いろいろな人と交わり、自己を見つめて、自分も確実に変わりました」と話す。

上国料勇さん
礼の間「Purus Terrae浄土」の前で上国料勇さん。
観音世菩薩、風神、雷神、不動明王、荼枳尼天、吉祥天、龍王、弁財天らが都市と雲海に現れる。「EXILE」のメンバーをモデルにしたこともあり、特にジッと見入る若い世代の姿が多い

 

山賀博之さん
「冬の寒さは格別で、絵の具も凍っていました」と山賀博之さん。
= 檀那の間「かろうじて生きている」の前で

 大ヒットアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の制作会社の社長で映画監督の山賀博之さんは、炭で故郷の能登の海と次回作の予告を書き込んだ。32歳まで会社の自分の机の下で寝ていた経験があり、夏の暑さも冬の寒さも苦にならなかった。夜、等伯の代わりに自分の絵が掲げられる意味を問い続けた。「この畳の上で筆を持って描いていた時は、横にまだ等伯の襖絵がはまっていました。修復に関わる方が、有り得ないことと心配で倒れそうだと言っておられました。住職は笑ってました」。描いた襖絵に関しては、何を聞かれても多くを語らず、見る人が感じたものが、すべて、と答えている。

 

 一休禅師の像が安置されている仏間に潜む「空花」は美術家の山口和也さんの渾身の作。石川県南加賀の山に自ら分け入り、野生の雁皮をはぎ、山の雪解けの湧水のみを使って漉いた和紙を使っている。紙を完成させるだけで半年。銀箔と松煙墨を交互に重ねながら数百の星を描き、仕上げに特製花火を使って画面に閃光を走らせた。「真珠庵でまだ真っ暗な早朝に坐禅をさせていただいたとき、本堂の中の暗闇がすべて粒子になり、ゆっくりと動いているように感じました。自分が描くべき永遠がそこにありました」と話す。この小さな作品は見る側の己を映し出す鏡のようだ。

美術家・写真家の山口和也さん
自然と向き合うことで、いろいろな発想が生まれるという山口さん
空花
仏間の薄暗い場所に浮かび上がるように現れる作品「空花」

 実際に新襖絵を目前にすると、このプロジェクトの遂行のため、苦労や歓びもひっくるめて自分で何もかも背負う覚悟をして「Everything OK」と言い続ける住職、その人の要請にこたえて自らの技を投じたクリエイター、そしてそれを支えた周囲の多くの人の「魂」を感じる。交わり、突破しながら生きていく面白さが迫ってくる。

 

※大徳寺真珠庵
京都市北区紫野大徳寺町52
TEL:075-231-7015 京都春秋(公開問い合わせ)
http://kyotoshunju.com/?temple=daitokuji-shinjuan-2

拝観期間=~2018年12月16日(10月19日~21日は休み)。
新襖絵、通常非公開の書院「通僊院」、茶室「庭玉軒」、村田珠光作庭と伝わる「七五三の庭」を公開。
拝観時間=午前9時30分~午後4時(受付終了)。
拝観料=大人1,200円、中高生600円、小学生以下無料(保護者同伴)。未就学児は書院「通僊院」、茶室「庭玉軒」の見学は不可。

 


◆Writing / 澤 有紗

著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。

京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。

主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分-QOL Terakoya Movement ? 」を定期開催。
https://www.qol-777.com

 

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