【précieux 京都】#29
祇園の有名クラブの元ママがパートナーと開いたグルテンフリーカフェ&バー

precieux京都

CAFE&BAR Maru@恵花=京都市下京区斎藤町123 RAKUAS木屋町3階

あの店、もう行った?と、噂になり続けている理由

阪急・祇園四条駅から地上に上がってすぐ、木屋町通に面した瀟洒な新築ビルにあるグルテンフリーカフェ「CAFE&BAR Maru@恵花」は、初めての年末を迎えようとしている。今夏のオープンから半年が経っても京都人の間で「あの店、行った?」と言われているのは、いくつか訳がある。まず、コロナの影響で新店が誕生すれば、とりあえず、すぐに行ってみる、という行為が激減したこと。そして関西でも珍しいグルテンフリーの店であること。祇園で有名なクラブの元オーナー兼ママだった堀恵子さんが、スパッと人気クラブを畳んで、2年をかけて準備して開いた店であること。健康志向のメニューがウリなのに、店は何故か祇園の高級クラブのような造りで、なんだかギャップがあって最初は戸惑うこと…など。

眼下に高瀬川が見えるモダンなビルの3階。
店内でひときわ目をひく村山木工作の京組子。京都が誇る伝統工芸の技を見て欲しい、とこだわって取り入れた。広さは26坪、カウンターとテーブルで全30席。昼間と違い、夜は大人のための幻想的でゴージャスな空間となっている。ワンショット1,000円から

 

店内のアートやのれんなどの調度品は、ほとんどが丸山さんの友人から贈られたものだ。店に入ってすぐ、レジの後ろの壁に飾られている、ルイ・ヴィトンと山本寛斎さんのコラボ作品はコレクター垂涎もの。「頑張れよ」という言葉と共に、親友が開店祝いにくれた

 

グルテンは小麦や大麦・ライ麦などに含まれるたんぱく質の一種。グルテンフリーとは一般的にグルテンを含む食品を摂取しない食生活のことで、遺伝性の自己免疫疾患の食事療法として用いられていたが、ここ数年、グルテンが体質に合わない人がグルテンフリーの食事を実践して体質改善につなげるという認識がネットなどで広がってきた。堀さんは7年前から蕁麻疹や倦怠感に悩んでいたが、疲れているからだろうと甘く見ていた。だんだん耐えきれずに病院に駆け込み、検査の結果、小麦アレルギーだとわかった。毎日のように食べていた大好きなカツ、うどん、お好み焼き、パスタなどを食べることができないなんて。ずっと先になるだろうけれど、グルテンフリーのレストランをしたい、と漠然と思っていた。2020年3月にコロナが日本でまん延するまでは。

孤独に打ちのめされた日々からの脱却

祇園の町家でクラブを始めて11年。上場会社の社長や重役らが集う場として有名で、1日の売り上げが150万円という日もあったほど盛況だったが、2020年3月からパタリと客足が途絶えた。それでも毎日、着物を着て背筋を伸ばして客を待ったものの、1人も来ない日も少なくなかった。8月の猛暑のある日、どうせ客は来ないし、暑いし、着物を着なくてもいいか、という思いが頭をよぎった。その次の瞬間に、これは、もうダメだな、店は閉めよう、と決めた。補助金はもらわず、とにかく、引き際はきれいにということだけを考えた。10月末に店を閉めてから、外出に規制がかかり自室に籠ることになり、頑張ってきた楽しい日々を、思い返してばかりいた。自分の”器”以上だったから、辛いこともあったけれど、プライドを持って働けた。人見知りが激しく、あまり言葉が多くない自分は人とおしゃべりするためにクラブを続けていた、一人が怖かったのだと初めてわかった。コロナは対面から生まれる高揚感溢れる人との交わりを奪った。得体の知れない疫病が相手では恨むこともできない。生きていくのは、こんなにも不安が多かったのか。何日も人と交わらず、一人でいるのは、これほどまでに寂しいことだったのか。大切な店を何と簡単に閉めてしまったのだろう。今までに体験したことの無い寂寥感に、何をしていても涙があふれてきて、眠れない夜が続いた。

そんな時に、思い出した友人がいた。旧知の中で、パーティーやレストランなど、しょっちゅう顔を合わしていた、元太鼓職人の丸山貴弘さんだ。どこにでも顔を出し、誰とでも仲良くなる丸山さんのことを「この人は寂しがり屋で、一人が嫌なのだろうな」と常々、思っていた。あの人も寂しいのだろうか。一方の丸山さんは天職と励んでいた和太鼓作りを、所属会社に解雇されて続けられなくなった。若い職人を優先させたいという意向が理解できたからすんなりと退職した。電話でいろいろ話しているうちに、落ち込んでいても、過去を懐かしがっても仕方ない、と思えるようになった。コロナの前は社会的地位が高い堂々とした客に囲まれていたこともあり、なんだか頼りないな、と感じていた丸山さんのことを、実直で、穏やかで、友人が多く、信頼できるな、と思えるようになった。「コロナで価値観が変わりました。自分も変わったように思います。健康の大切さを痛感したので、夢だったグルテンフリーの店を開くことにしました。もう一度、自分らしく働きたい。新しい人生、新しい自分をみつけるぞ、という情熱が戻ってきました。落ち込んで沼に沈む、ぎりぎりのところで踏みとどまった、という感じです」と話す堀さんの横で、丸山さんは静かに微笑んでいた。

カレーを仕込み中。しっかり者の堀さんだが、実は甘えん坊で、丸山さんをとても頼りにしている。2人とも現在は独身で、パートナーとして尊敬しあっている ※撮影時にだけマスクを外しています

こだわりメニューの先に、新しい出会いが待っている

やると決めた次の日から動き始めた。まず、関西を中心にグルテンフリーの店を十数件巡った。「京都 グルテンフリー」とネットで検索すると出てくるのはベジタリアンやヴィーガンの店が多く、調味料までグルテンフリーにこだわる専門店が無かった。小麦粉を使わないメニューはあまり美味しくないとされているが、メディアほかで活躍中のベジタリアン料理家の東川恵理子さんに師事し、美味しいものを、美しく盛るための技を身に付けた。カツの衣に合う米粉を全国各地から何種類も取り寄せ、グルテンが含まれていない醤油、塩こうじ、米味噌などを求め歩いた。江戸時代から続く老舗の山中油店、佐々木酒造、西陣に味噌蔵を持つ加藤味噌、明治十八年の創業から職人による手作業を続けているゆば庄など、京都の老舗の材料を惜しみなく使うことに決めた。2人で食べ続けて納得できる味に到達するまで約1年半もかかった。

3日以上寝かした酵素玄米に発酵食品を使った「酵素玄米プレート」(1,800円)、我ながらおいしい、と恵子さん自慢の「ヒレカツ」(味噌汁付き、1,700円)、京都で育った地場野菜がふんだんに乗った「焼き野菜のせカレー」(1,400円)などのメニューが誕生した。このほかにも有機野菜のサラダとスープ、塩こうじチキンサラダ、ローストビーフなど、自ら食べ続けて体調が整ったメニューばかりだ。オーガニックコーヒー、オーガニックワイン、オーガニックコーラ、グルテンフリービールなどドリンクも充実している。

マイルドで優しいテイストのカレー
パン粉よりも香ばしい米粉の衣を追及して誕生したヒレカツ。サクサクの衣が麹で漬けた肉のジューシーさを際立たせる
酵素玄米、ローストビーフ、野菜、ヒジキなどが盛られている酵素玄米プレート
ジンまでグルテンフリー

開店してすぐに「どうしてたんや、心配してたんやで」「グルテンフリーて何かわからんけど、とにかく良かった」という以前のお客さんが駆けつけてくれた。徐々にではあるけれどグルテンフリーを求めて遠方からわざわざ」来てくれるが増えてきている。「まだまだコロナが収束せず、軌道には乗りません。貯金と株を売った自己資金で開きましたが、家賃や人件費でドンドンお金は目減りします。不安でないと言うと嘘になりますが、自分と周囲のご縁ある人たちを信じて踏ん張ります。」と堀さん。扱う価格帯も客層も以前とは全然違う。一人で食事に来る客が多く、世間話や自分の事を話して帰っていく。コレ、ええやん。いろいろな人の話を聞けるって有難いし、楽しい、と2人は思っている。

あの有名人の父親であることが、広まり…

さて、この店が街の噂になり続けているのには、もう一つ理由がある。丸山さんは、あの「関ジャニ∞」の丸山隆平さんの実父であり、早くも「eighter(エイター)」(関ジャニ∞のファンの呼称)の間で情報が広がり、チラホラ通ってきているらしい。隆平さんが関西に戻ってきた時は、立ち寄るかもしれない、と。

小さなワクワクとキラキラが少しずつ、今まで頑張ってきた自分にプライドを持っている寂しがり屋たちに、注がれ始めている。

丸山さん(右)は接客と広報担当。とにかく友人が多く、「マルちゃん」の愛称で慕われている。左はバーテンダーの西本さん。物腰柔らかで礼儀正しく、ファン多し ※撮影時にだけマスクを外しています

※CAFE & BAR Maru@恵花
〒600-8012 京都市下京区斎藤町123 RAKUAS木屋町3階
電話075-585-5218
カフェ 営業は金・土・日曜日、祝日 11:00~17:00
バー 無休 18:00~27:00(日・祝は24:00まで、チャージ1,000円)
https://maru.keika.kyoto/

※情報は取材時のものです。

 

コロナ3年目。Where Are You Now?

まさか、霧中を歩くような日々が、こんなに長く続くとは。脅威・恐怖にどう立ち向かうか。社会の新しい仕組みへのとまどい、明確になった親しい人との価値観の違い、日本人が大切にしてきた道徳観のほころびへの対応……ストレスの泡に沈みそうになった。国内外の観光客や祇園祭などの催事に支えられてきた京都という街の状態は、復活へのバロメーターとなることが多かった。新型コロナウイルス感染症をきっかけに、京都で新たな一歩を踏み出した人たちを紹介するシリーズ。迷いながら、光が差す方向に進む自らを信じる力、そこに。

 


◆Writing / 澤 有紗

著述家、文化コーディネーター、QOL文化総合研究所(京都市上京区)所長。

京都、文化、芸術、美容、旅や食などなどをテーマに雑誌・企業媒体誌などの編集・執筆を担当するほか、エッセイなどを寄稿。テレビ番組や出版のコーディネート、国内外の企業の京都、滋賀のアテンドも担当。万博の日本館にて「抗加齢と日本食」をテーマに食部門をプロデュースするなど、国内外での文化催事も手掛ける。コンテンツを軸に日本の職人の技や日本食などの日本文化を「経済価値に変える」「維持継承する」ことを目的に、コーディネート活動を行っている。

主催イベントとして、日本文化を考える「Feel ! 日本 -日本を感じよう-」と、自分を見つめ直しQOLを高める「Feel ! 自分 – QOL Terakoya Movement‐」を定期開催。
https://www.qol-777.com

https://www.247select-kyoto.com

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