今だからこそ未知の文化に触れる喜びを感じてほしい~「タゴール・ソングス」7/11(土)関西で公開

1993年福井県生まれの27歳、佐々木美佳さんの初監督作品「タゴール・ソングス」は、未知の文化に触れる喜びを鮮やかに思い出させてくれる映画だ。

少し前まで日本から海外へ自由に旅をすることができた。異国の街角、異国の空、市場に並ぶ見慣れない食べ物、商人と買い物客のエネルギッシュな喧騒、日々の暮らしに精を出す様々な風貌の人々……。望めば出掛けて行って触れることができた景色が遠景に遠ざかり、感染予防という見えない圧力の下で内向きの日常に埋没せざるを得ない今、「タゴール・ソングス」が映し出す映像と音楽は、まばゆい輝きを放ち、見るものを射る。かつて身近だったのに今、手が届かないものへの郷愁に似た憧憬を伴いながら……。

子どもたちもタゴール・ソングを歌う(©nondelaico)

佐々木監督は東京外国語大学在学中、ベンガル文学のゼミでタゴール・ソングを知り、歌の面白さと100年以上も前に作られた歌が今も老若男女問わずに愛され、歌い続けられている現象そのものに引き付けられたという。「インドへの留学経験のある丹羽京子先生から、今もタゴール・ソングを専門に歌ったり教えたりして生計を立てている人もいるし、子どもたちは習い事として学んでいると聞いて本当に驚きました」。

卒論は「タゴール・ソングはベンガル人のアイデンティティーに影響を及ぼしているか」がテーマ。答えはもちろん「イエス」なのだが、歌についてテキストベースで表現することにもどかしさを感じて映画制作を決意。独学で映画を学び始めた。

バングラデシュのダッカ市内で出会った、タイルで描かれたタゴールの肖像画(©nondelaico)

佐々木監督を魅了したタゴール・ソングとはどんなものか? 詳しくは映画を見てほしいのだが、簡単に説明してみよう。

インドの大詩人、ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)が生涯にわたって作った2000を超える歌をタゴール・ソングという。バングラデシュと国境を接する西ベンガル州コルカタに生まれたタゴールは、非西欧圏で初めてのノーベル文学賞受賞者だ。小説家、劇作家、音楽家、画家としてもマルチに活躍し、インドではマハトマ・ガンジー(1869-1948)と並ぶ偉人として知られている。

佐々木監督は「ベンガル人の血にはタゴール・ソングが流れているといわれています。タゴールは心情、国家、理想、自然、祈りなどあらゆるジャンルを歌に取り上げました。彼自身が歌を作ることによって再発見したベンガルの原風景は、バングラデシュの国歌『わが黄金のベンガル』に染み込み、今に伝わっています。インド国歌『ジャガ・ガナ・マナ』もタゴールの歌です。バングラデシュの国歌はベンガル語、インド国歌はサンスクリット由来のヒンディー語で書かれています。インドは多民族・多言語・多文化のダイバーシティ国家を標榜する国なので、皆にゆかりのある言葉で作ったのだと思います」と説明する。

映画の撮影期間は2017年1月から翌18年1月までの約1年間。4回にわたってインドとバングラデシュへ出かけた。1回の滞在はおよそ1カ月。撮影と撮影の合間の帰国中は撮影シーンの翻訳に追われ、「ベンガルの文化にどっぷり漬かった1年でした」。

翻訳する際に自らに課したルールは「自分自身が今使っている、生きている言葉に訳すこと。もっとシンプルに言うと、わからない言葉は使わないこと」。タゴール・ソングの翻訳は、タゴールが建てた現地の学園で学んだ日本人のタゴール・ソングの歌い手、奥田由香さんに監修してもらったと言うが、佐々木監督の訳詩は平易な言葉でありながら詩的かつ思索的。スッと心に入り込んでくる。

オノンナ(©nondelaico)
中央の赤いシャツの青年がナイーム(©nondelaico)

撮影に行くたびに、できるだけ同じ人に会いに行った。「ドキュメンタリー映画ですが、それぞれの人の物語が見えてくるようにしたかった。タゴールの生家の前で偶然出会った女子大生オノンナとは年も近く、彼女の家族とも信頼関係を結ぶことができたと思います」。だからこそ撮影できたであろうオノンナと父親との口論(?)のシーン。幼いころに両親を亡くしストリートチルドレンだったこともある男子高校生ナイームが疾走する満員列車の屋根の上でミュージックビデオさながらに歌うシーン、タゴールを尊敬するバングラデシュのヒップホップシーンをけん引する人気ラッパーのインタビューなど、見どころ満載で何度見ても飽きない気がする。「確かに何度も映画館に足を運んでくださる人が多いかもしれません。見るたびに発見がある、と言われます」。

「たくさんの人たちに見ていただきたいですが、特に私と同世代の若い人たちに、ぜひ見てもらえればと思います」と話す佐々木美佳監督=6月30日、大阪市内で

映画を見終わった後で思い出したことがある。今のように沖縄民謡が全国的に知られるようになる前、その魅力を精力的に発信していたジャーナリストの故・竹中労と彼が企画して東京で始まった「琉球フェスティバル」の存在だ。1990年代に大阪城公園野外音楽堂や大阪ドーム(当時)で開かれた「琉球フェスティバルin大阪」には私も家族で駆け付けた。お陰でネーネーズ、大工哲弘、大島保克ら、今もお気に入りの歌手の皆さんを知ることができた。「タゴール・ソングス」で流れる音楽のどこか懐かしく感じる節回しは、私には島唄の系譜に連なるものもあるように聞こえた。

新しい文化との出会いは、きっと人生を豊かにしてくれる。多文化共生社会を志向する日本の未来は、そんな小さなきっかけから花開いていくものではないだろうか。そうあってほしいと強く思った。(大田季子)

【公開情報】7月11日(土)から第七藝術劇場、7月下旬出町座、順次元町映画館で公開。第七藝術劇場では初日13:20の回上映後、佐々木美佳監督と石濱匡雄さん(シタール奏者)のトークショーが予定されている。

公式ホームページ http://tagore-songs.com/




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