深田晃司監督の最新作「本気のしるし《劇場版》」~星里もちるの漫画は深田作品の原点なのか⁉

「今回、カンヌで評価されたのは関係者全員想定外でした」と話す深田晃司監督=9月14日、大阪市内で

浅野忠信主演「淵に立つ」(2016年)、筒井真理子主演「よこがお」(2019年)など、見る人の心をざわつかせて、肌が粟立つような感覚をもたらす作品づくりの名手、深田晃司監督の最新作「本気のしるし《劇場版》」が全国で公開されている。オリジナル脚本にこだわる監督が初めてコミック原作の映像化に挑み、昨年10月からメ~テレ(名古屋テレビ)ほかで放送されたTVドラマは、放映中から視聴者のSNS投稿が相次ぎ、評判に。劇場公開用に作成したディレクターズカット版の本作は、カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション2020に選出されるという快挙を成し遂げた(残念ながらコロナ禍で上映は見送り)。来阪した深田監督に話を聞いた。

 

――なぜ星里もちる原作の「本気のしるし」を映像化しようと思ったのですか?

もともと星里先生の漫画は好きで10代の時から読んでいた。「リビングゲーム」とか「夢かもしんない」とか、その時からストーリーテラーだな、物語の進め方がすごくうまいなと思っていた。大体がラブコメだけど、20歳の時に読んだ「本気のしるし」だけが違った。コメディーの要素が一切なくて、ヒリヒリするような、しかも人間のドロッとするような裏側も躊躇なく見せている。異様だな、急に作風が変わったなと引き込まれた。でも、もともとの物語の進め方のうまさは残っている。当時の僕は映画学校に入っていたので「これを映像化したら面白いぞ」と思い、友人と漫画の話をする時には「この漫画、やばいよ」と言っていた。

当時から直感的にこの作品は連続ドラマに向いていると言っていた。理由は2つあって、一つは単純に全6巻の原作を一般的な映画の尺、90分とか2時間とかに収めるのは無理だということ。原作の良さが損なわれてしまう。もう一つは月刊誌の連載漫画のどんどん転がっていくような物語なので、連続ドラマにしたら面白いんじゃないかと思っていました。

いろんなところで吹聴していたその話を唯一真に受けてくれたのが「さようなら」や「淵に立つ」でラインプロデューサーだった戸山剛さん。原作を取り寄せて読んでくれて「これ、面白いね。メ~テレに持って行こうよ」という話になり、企画書を持って行ったら通ったんです。

 

――星里作品の中で「本気のしるし」は、どこが異様だったのでしょうか?

異様さを感じた一番の要因は、やはり浮世さんの存在だと思う。浮世さんのキャラクター、男性をドキッとさせて、その気にさせてしまうような女性の人物像は、青年誌のヒロインによくあるキャラクターです。青年誌のメインの購読層は男性で、ヒロインは恋愛対象として描かれがち。しかし実際にリアルな世界にそういう女性がいると、周囲も自分も傷つける。そのことをあえて示しているような気がして。すごくメタ的だな、自己批評的な作品だなと思った。多分そこの部分が、読んでいた当時に「星里先生、こんなの書いちゃって大丈夫なんだろうか」みたいな気持ちになったんだと思います。

 

――浮世さん役は土村芳(かほ)さん。はまり役ですが、すんなり決まったのですか?

企画が決まった段階で、自分もプロデューサーも浮世役は難航するぞとみんな思っていたが、案の定、難航した。浮世さんも辻くんもオーディションで決めたが、浮世役は本当に時間がかかった。うまい俳優さんやきれいな俳優さんもたくさん来てくださったが、誰に会っても、なかなかこの人だと決まらない。クランクインの日が決まっていたので、ここで決まらなかったら準備が間に合わないぞという段階で、やっと土村さんが来てくれた。オーディションでは、原作にも映画にもあるファミリーレストランで辻と酔っぱらいながら話すシーンを全員に演じてもらった。笑顔を見せて「私、辻さんに油断しているのかな」と男性をドキッとさせるようなことを言う場面。大体の方は、うまいんだけど、恋愛の駆け引きみたいな感じになる。土村さんはそこが、本心で言っている感じに見えたので、土村さんがいいんじゃないか、となった。笑顔がステキだったのもかなり大きい。

 

――浮世さんはその時その時の本音でしゃべる人ですよね。自分には嘘はついていないけれど、一貫性がないから周りはそれに振り回されてしまう。

20年前に原作漫画を読んでいた時、男性の恋愛対象として女性が消費されていくことの痛みや悲しさを描いたということがすごく新しかった。男性目線の青年誌の中で、アンチテーゼのようなことをやった。それが20年たって#Me Tooの時代になって、見直してみると、そこがものすごく際立って見えてくる。なので、今回の作品は原作の中でもそこを特にクローズアップしました。

 

――浮世さんのような女性は、女性からも「あざとい」とか「男受けがいい」と言われたりして敬遠されがちですが、彼女の友達という女性が一瞬出てきますね。

阿部純子さん演じる桑田というキャラクターですね。登場シーンが少なくても説得力が求められる重要な役柄です。桑田は浮世さんと仲良しで、男性問題でも苦労しているんだろうなということが登場した瞬間にパッと伝わらなければならなかった。

辻くんは彼女に会いに行って「浮世さんに隙があるからいけないんだ」と言って怒らせてしまう。被害を受けた女性に非があるという言葉は、女性が性被害に遭った時に言われがちな言葉です。あの伊藤詩織さんも言われました。辻くんも無意識にそういうことを言ってしまうが、それに対して友達がNO!を突き付ける。辻くんも観客も浮世さんの捉え方がひっくり返る重要なシーンです。

 

――辻くん役の森崎ウィンさんは早い段階で決まっていたのですか。

はい、辻くんは早くに決まっていました。ハンサムだけど、どこか影がある俳優さんで、3つのシーンで演技を見せてもらった。浮世さんとの出会いの場面と例のファミレスの場面、最後は浮世さんにものすごく怒る場面。3つのシーンをやってもらって、最初の辻さんはうわべだけで人と付き合っている。最後の怒るところは本人ときちんと向き合っていこうとしている。その変化がきちんと演じ分けられていました。目の前の人ときちんとコミュニケーションを取りながら自分の言葉で話せているところもよかった。

なんでもそつなくこなしてきた辻くんが、浮世さんと出会うことで、うわべだけではできなくなっていく。細川先輩(石橋けい)のことも、みっちゃん(福永朱梨)のことも……。最後、社会的立場を失った後の彼の演技って本当に素晴らしいので、早くみんなに見てほしいと思います。森崎ウィンにこういう一面があるということに、ファンの人が一番驚いたんじゃないかと思います。

 

 

――ポスターとチラシの背景に書かれている言葉は、放映中のSNSの言葉ですか?

一部に評論家の言葉も使っていますが、大体そうです。左上に「共感度0.1%」とありますが、放映中に関連ワードを検索すると「イライラ」が出てきていました(笑)。ただ、眼鏡をかけたデキル会社員役の細川先輩のキャラクターは共感度が高かった。20年前の原作だと30歳前後の設定だったでしょうが、時代に合わせて今回は30代後半の設定にしました。

 

――映画にするにあたり、変えたところはありますか?

23分のドラマ全10話のCMをカットして前後をつないで再編集しました。ドラマの時間間隔と映画の時間間隔は違うので、つないで単調になったところは、映画の時間軸に合わせて省いたり、ドラマに使っていなかったシーンを足したりしました。ただ後半はほとんど同じです。それで本編は232分という長さになりましたが、僕はこの作品が特別に長いとは思っていません。10代の時に見てすごく好きで、ものすごく影響を受けたジャック・リベット監督の「美しき諍い女」も、ただ単に老人が女性の裸を描いているだけで4時間とか、最近だとワン・ビンの作品でも長いのがあったりしますし。ただ劇場には負担になったりするので、お客さんがたくさん入ってほしいなと思います。幸いにも見てくれた人は長さを感じなかったと言ってくれているので、見てさえもらえれば負担にはならないと思います。

 

――コロナ禍の中で深田監督は「ミニシアター・エイド基金」を立ち上げましたね。

場所は持っているが内部留保もないミニシアターは今の状況だと2、3カ月でなくなってしまうと、濱口竜介監督らと4月13日にクラウドファンディングを始めました。当初の目標1億円が1カ月余りで3億3千万円集まりました。3万人にご支援いただいたということで想定以上の反響でした。

監督は映画を撮っていなくても監督だと言い続けていれば監督でいられたりするけれど、地域の中で映画館が一回失われると取り戻すのはすごく大変。施設を整えるのにものすごくお金も手間もかかります。始まってみると応援されているのはミニシアターだけではなく、作り手、配給会社の人も含めて映画にかかわるすべての人が応援されていると感じました。実際に多くの俳優さんからコメントもいただきました。

 

――ところで、原作者の星里もちるさんは女性ですか?

星里もちるさんは男性です。意識してなかったけれど、言われてみれば女性っぽいお名前ですね。ラブコメが得意だった先生が得意のラブコメを封印して、嫌なところも見せていく作品にチャレンジしてました。ラブコメの典型的な構造は男性が主人公で、周りにいろんなタイプの女性がいる。彼女たちはなぜかその男性が好きで、一緒に住むことになったりしてトラブルが起きる。この作品もある意味でラブコメの構造を残しながら、そこからこんなにヒリヒリするような男女の本音を引き出した。その作品のタイトルが「本気のしるし」。そういう意味では星里先生が本気で描いた覚悟の作品だったと思います。そうか、僕のつくる映画は、20歳の時に読んだ「本気のしるし」に逆に影響を受けているのかもしれませんね。

 

【公開情報】10月16日(金)から出町座、17日(土)から第七藝術劇場、シネヌーヴォー、元町映画館、23日(金)から豊岡劇場 で公開。

 

「本気のしるし《劇場版》」公式サイトはコチラ https://www.nagoyatv.com/honki/

©星里もちる・小学館/メ~テレ




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