今夏のカンヌで日本映画史上初の脚本賞ほか4冠に輝いた、村上春樹原作「ドライブ・マイ・カー」8/20(金)公開

演出家で俳優の家福悠介(西島秀俊)は、滞在先の広島で寡黙なドライバー、渡利みさき(三浦透子)と出会う

今年7月の第74回カンヌ国際映画祭で、日本映画として史上初となる脚本賞を受賞しただけでなく、国際映画批評家連盟賞、フランスの独立興行主たちの連合組織が選ぶAFCAE賞、キリスト教関係者が選ぶエキュメニカル審査員賞の4冠に輝いた濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が8月20日(金)から大阪ステーションシティシネマほかで全国ロードショー公開される。

原作は村上春樹の短編小説「ドライブ・マイ・カー」(短編小説集「女のいない男たち」所収/文春文庫)。濱口監督は「ハッピーアワー」(2015年)を制作していた8年前に原作と出会い、自分にとって非常に興味深いことが書かれていると心に刻んだ。

「寝ても覚めても」(2018年)の次回作を山本晃久プロデューサーと検討していた時、別の村上作品の映画化を提案されたが「普通に考えて村上春樹さんの小説はすごく映画になりにくいし、提案された作品は正直、難しいと思った」という。そこで「この作品なら糸口がある」と思えた「ドライブ・マイ・カー」を提案。2019年の2月にプロットを書いて手紙とともに原作者に送り、許可を得た。物語を膨らませるために同じ短編小説集に収められている「シェエラザード」「木野」のモチーフを使うことにも許可が下りたという。公開前に来阪した濱口竜介監督に話を聞いた。

カンヌで脚本賞を受賞した時の選評を聞くと「フランス語だったので何を言っていただいたのか、自分でもよくわかっていないんです」と照れた濱口竜介監督=8月17日、大阪市内で

【濱口竜介監督インタビュー】

――最初は釜山でロケする予定だったそうですね。

はい。映画で重要な役割を果たす主人公・家福悠介(西島秀俊)の愛車(赤のサーブ900)を自由に走らせることができる場所ということで、当初ロケ地は韓国・釜山を想定していましたが、コロナ禍でとん挫。主要なロケ地を広島に変えて撮影に入りました。サーブという車は何か人格のようなものを持っている不思議な車です。以前、ドキュメンタリーを撮っている時に共同監督の酒井耕くんとひたすら車で移動していて、車の中で生まれてくる会話というものがあると、自分が実感していたことも脚本を書く上で助けになりました。

原作は妻が死んだところから始まっています。モノローグを使わない映画は、原作ほど自由に主人公の心情に立ち入れるわけではない。妻の死から2年後、ごく淡々と仕事をしている家福の心情を観客が理解するには、妻の存在を最初に明確に示す必要がありました。同時に、この夫婦が抱えていた問題がどういうものだったかを見せるためには、ある種の性描写も必要だった。妻役の霧島れいかさんには脚本段階から「こういうことをします」と説明し、その上で「ぜひやりたい」と言っていただいた。勇気のいることだったとは思うのですが、現場でも「もしやりたくないことがあれば言ってください」と言っていたが、勇敢にやり切っていただいた。すごくありがたいことだった。素晴らしいです。

家福の妻・音を印象的に演じた霧島れいか

――原作には名前のない妻の名を「音」にしたのは何故ですか?

パッと思いついたんです。はまっていると思うと変えられません。あまりに映画の主題とつながりすぎている気はしましたが、不思議と変えられませんでした。

――最初の印象が強烈だから、画面から消えても存在感がありました。

ずっと「家福と音の話」として見ることができます。「今夜帰ったら話がある」と言ったまま死んでしまった音が、家福に何を伝えたかったのか。そこは誰も明確にはわからない。霧島さんが演じる上で「こうである可能性はあるかもしれないですね」と話し合ったことはありますが、映画に描かれていないことは想像してほしいから言いません。

家福は稽古場で無感情で台本を何度も読むことを要求する

――映画の中で演劇の舞台やオーディション、稽古風景がたくさん出てきます。何度も出てくる「ワーニャ伯父さん」の本読み稽古は、監督自身が映画を制作する時に行っているものに近いそうですね。

正確に同じかというと違いますが、無感情で台本を何度も読むことはするようにしています。演技することの問題は、俳優は何が起きるか知っているのに、初めてのようにやらなければならないということだと思います。このやり方で何十回も本を読んでいくと、少なくとも条件反射的に言葉が出てくるようになる。なので、ある意味ではAの後にBが来ることは完全に固定される。ただ、どんなふうに言うのかは本番で初めて知ることになります。だから役者の皆さんは本番で初めて「ああ、こんなふうに言うのか」と多分感じる。その時に何か生々しいものが出てくるような気がしていて、演技の問題は部分的に解決するんじゃないかと思っています。

僕自身は、役者さんの間で何が起こっているかは本当にわからない。良かった時は「良かった」という結果だけが残る。ただ、この本読みをしていると、すごく自分自身が驚けることは増えました。

――家福は広島の演劇祭のワークショップに演出家として招かれ、多言語演劇を作っていきます。台湾、韓国、インドネシアの俳優たちが参加して多言語での撮影にご苦労はありませんでしたか。

段取りは違うが後は一緒です。多言語演劇というものがあるらしいとは知っていましたが、始める時は詳しくは知りませんでした。多言語演劇にしたのは、シンプルに演技をする方法になるんじゃないかと予感があったからです。相手の言っている言葉の意味がわからないと、相手が声と体だけの存在として現れてくる。映画で描いたような訓練をすれば、ある音がどんな意味かということは一応大まかにわかる。相手の言っていることが字幕がついて見えるような状態になると、言葉の意味に頼るのではなく、もっと直接的に体同士で反応できるような演技ができるのではないかと思って、実際にそれに近いものができたと思います。

家福はかつて妻に知り合いの役者として紹介された高槻耕史(岡田将生)をオーディションで選んだ。ある日の稽古終わり「少し話せませんか?」と高槻に言われてホテルのバーへ

山本プロデューサーの紹介で出会った共同脚本の大江崇允さんは演劇に詳しい方です。僕は「ちゃんとやればクオリティーが高くなる可能性が高い」と考えているので、共同脚本を志向することが多い。客観性を担保するとともに、できるだけ多くのフィルターを通っているものの方が、納得度の高いものが生まれやすいと思っています。

演劇の話がどれくらい絡むべきなのかは、最後の最後まで明確には見えづらかった。最終的には編集段階まで持ち越されました。脚本で書いていると「いるの? これ」となるのですが、実際に撮ってみると「いるね、これ」となる。ずっと見ていられるし、魅力のある時間になりました。実際の素材を前にするとわかりやすくなる。

家福は演出家なので、稽古がどのようなところにたどり着くかはある程度見えています。彼は仕事場ではよく見てよく聞く人間なんですが、プライベートではそうではなかった。そのことを家福に気づかせるのが、プライベートとパブリックをつないでいる高槻耕史(岡田将生)という人間だったと思います。

「ドライバーはいらない」と言う家福に、みさきは「運転を見て決めてほしい」と伝えた

――原作では、家福のドライバーとなる渡利みさき(三浦透子)は、あまりちゃんと描かれていませんが、映画では大きな存在感がありました。

三浦さんは役を引き受けてから免許を取って運転を特訓。スタッフにとても運転のうまい人がいて、その人がつきっきりで教えました。普通にすごくうまくなりました。洗練されて見えているんじゃないかなと思います。

みさきは、基本的には魅力的なキャラクターだと思っていたので、最終的に家福と伍する存在感までどうやって育てていくかを考えました。短編を長編に展開していく脚本を書いていく中で、どこまで大きくすることができるのか。妻を失った男のもとへみさきが現れる、大まかな流れは最初にスッとできていました。結果的に三浦さんの力が大きいと思います。三浦さんを見ていて、このように書きたくなったのです。彼女自身が持っている気高さをちゃんと引き出したい、映画に定着させたいと。

――映画は、コロナ禍の今の物語という印象でした。

コロナを描くか描かないかは、マスクを着けるか着けないかの衣装合わせの問題でした。結果的に着けることにしましたが、たった一つのことだけど、大きなことだったのは間違いない。着けた方が今の心持に合ったと思うんです。そうすることで自分たちが生きている世界と同じ世界ということになるし、最後にみさきは非常に晴れ晴れとした表情をしているけれど、世界の厳しさは当然あるという状況。それはそのようにしました。

劇中劇で披露される「ワーニャ伯父さん」の舞台は多言語演劇だ

家福の手掛けた舞台をラストシーンにすることもできたのですが、それだとサークルが閉じる印象があった。それを突き抜けていくラストにしたいと思った。最終的に三浦さんの表情がとてもいいものになって、それまでに見せていたのとは全く違う表情を最後に見せてくれた。これでとてもいい形で終われるのではないかと思いました。

僕は演出する時、人物の相互作用から生まれるものを大事にしています。人物は役者であり、キャラクターであるけれども、この人たちが具体的に相互作用することによって何かが生まれます。それは現実生活でもあることですが、それを演技の場でも起こしてくれれば、観客にも観念的ではなく、もっと直接的に伝わるのではないかと思っているのです。そういう相互作用を得るためには、相互作用が起きるような脚本を書かなければならない。それが、ご覧になった映画になっているということですね。

――それが評価されてのカンヌの脚本賞だと思います。ありがとうございました。

 

「ドライブ・マイ・カー」公式サイト https://dmc.bitters.co.jp/

 

©2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

 

8/21~27 元町映画館で濱口監督の初期作品2作を特集上映

【関連情報】昨年、開館10周年を迎えた元町映画館の歩みを振り返る「元町映画館ものがたり」の出版を記念して、8月21日(土)~27日(金)に同館で濱口竜介監督の初期作品「PASSION」(2008年、115分)と「THE DEPTHS」(2010年、121分)が特集上映される。上映は連日13時20分からで、奇数日に「PASSION」、偶数日に「THE DEPTHS」を上映。上映後には、映画館や書籍に関わった人たちとのトークイベントを開催。濱口監督のトークも25日(水)に予定されている。詳しくは下記サイトで。

https://www.motoei.com/post_event/0821_0827_event/




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