7/28(金)公開! 菊地凛子主演作「658km、陽子の旅」20年ぶりにタッグを組んだ熊切和嘉監督にインタビュー

熊切和嘉監督は1974年北海道帯広市出身。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。卒業制作作品「鬼畜大宴会」が第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞。同作はベルリン国際映画祭招待作品に選出され、タオルミナ国際映画祭グランプリを受賞した

「夏の終り」(2013)、「私の男」(2014)などの話題作を手掛けてきた大阪芸術大学出身の熊切和嘉監督が世界的女優・菊地凛子を主演に迎えた「658km、陽子の旅」が、7月28日(金)からシネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋ほかで公開される。

映像企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS‘ PROGRAM2019」脚本部門で審査員特別賞を受賞した室井孝介の原案を、よりドラマチックに掘り下げた東北縦断ロードムービーだ。6月に行われた第25回上海国際映画祭では、コンペティション部門で最優秀作品賞・最優秀女優賞・最優秀脚本賞の3冠獲得という快挙を成し遂げた。公開前にプロモートで来阪した熊切監督に話を聞いた。

――本作の監督オファーが来た時に「陽子を演じるのは菊地凛子さんしかいない」と思われたそうですが、なぜですか?

【イントロダクション】夢をあきらめたまま、東京で何となく在宅フリーターとして暮らしている42歳の独身女性・陽子。ある日、従兄の茂がやって来て「おじさんが亡くなった。明日正午が出棺だから一緒に弘前に帰ろう」と陽子を誘う。茂の家族とともに車で弘前へ向かった陽子は、途中のサービスエリアで子どもが起こしたトラブルに動転した茂たちに置き去りにされ……。

僕の商業映画デビュー作「空の穴」(2001)で、菊地凛子という名前になる前の彼女と仕事をして、とても感銘を受けました。その後、菊地さんは「バベル」(2006/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督)で世界的な俳優になったのですが、それがうれしい半面、悔しかったんです。自分が先に菊地さんの日本での代表作を撮りたいという思いがありましたから。

いつかチャンスがあればと思っていましたが、なかなかそういう機会に巡り合いませんでした。今回、原案の脚本を読んだ時に、年齢のこともありますけれど、ある意味日陰者の陽子というキャラクターを魅力的に演じられるのは菊地さんなんじゃないかと最初に思ったんです。ただ、普段ハリウッド映画などに出ている菊地さんが出てくれるかなと心配で、なかなか言い出せませんでした。プロデューサーに「菊地さんどうですかね?」と言うと、念頭にはあったみたいで「聞くだけ聞いてみましょうか」とオファーをしたところ「ぜひやりたい」と言っていただいたんです。

――プレスシートで菊地さんご本人が「企画書にあった熊切監督の名前とタイトルを見て、出演を決めた」と言っておられます。

はい、うれしかったですね。

――菊地さんの俳優としての魅力は?

いろいろあるんですが、芝居に嘘がないというのが一番大きいです。演技がうまい方なので、もちろん合わせて噓の芝居もできるんですが。僕と組む時は、それは本当であると、信じ切って演じてくれている気がします。そして、表現力が豊かなので、しぐさ一つとっても、目の表情とか、撮っていて目が離せない感じがあるんです。何気ないシーンでも彼女が演じると目が離せなくなるんです。

――最初のほうで、イカスミのパスタをチンして食べているシーンにも目が釘付けになりました。

あのシーンも最高でしたね。嘘がない。

ある意味、陽子は受け身のキャラクターだと思うんです。いろんな状況に立たされて、いろんな人に出会っていく中で、陽子がどう反応していくか。菊地さんはすごく素直に演じていました。もちろん、ものすごく考えて現場に来ているとは思うのですが、このシーンで彼女がどう生理的に動きたくなるのか。それを僕は距離を置いて観察していました。変な言い方ですが、まるで動物を撮っているような面白さがありました。

陽子を最初に車に乗せたシングルマザーを演じた黒沢あすか。「黒沢さんとはずっと一緒に仕事をしたかったんです。声が特徴的で、ちょっと高い声で毒舌を吐く。それを見たいなと思いました」と熊切監督
陽子の従兄・茂を演じた竹原ピストル。「僕の作品に出てもらうのは5本目ぐらいなんですが、僕が一番好きな男です。青森の弘前弁、完璧でした。相当練習したと思います。歌手なので耳がいいんですかね」と熊切監督

 

 

 

フリーライター役で登場した浜野謙太。「『できるだけ普通にやって』とお願いしたら『素の僕をこんな風に思っているんですか』と冗談めかして言っておられましたが、普段から物腰柔らかくて優しい方なので、その調子で、という意味だったんですよ」と熊切監督
ヒッチハイクをしている若い女性を演じた見上愛。「信頼するプロデューサーの松田広子さんのおすすめキャスト。ステキでした。夜のPAのシーンは2晩かけて撮りましたが、とても寒かったです」と熊切監督

――社会から隔絶された状況で閉じこもって生きてきた人が、リハビリしながら旅をしている。そう思って見ていました。旅の途中で、オダギリジョーさん演じる陽子の父親が登場しますが。

陽子の記憶の中の若き日の父親が登場するのは原案にはなく、僕と一緒に脚本を直した妻・浪子 想のアイデアだったと思います。今の陽子は、彼女の記憶の中の20年前の父と同じぐらいの年になっている。ある意味、残酷なんですけれど、徐々に父の死を実感していく。物語として非常にいい表現なんじゃないかと思いました。

――不意に出てくる父の幻からも目が離せませんでした。

父親役は最初からオダギリさんをイメージしていました。菊地さんの父親ですから、美しい方にやってほしかったのが一つ。そして、オダギリさんののらりくらりした感じ、ニヤニヤしながら煙草を吸っていて、聞いているのか聞いていないのかみたいな感じがイメージにありました。

熊切監督は「陽子はお父さんのことが大好きだったからこそ、何かで傷ついて、それを根に持っている。そういう意味でもお父さん役にオダギリさんがピッタリだったと思います」と言った

撮影に参加してもらった初日から「カメラのフレームの外で四つん這いで待機して、きっかけを出したら音を立てずに近づいて行って、この看板から顔を出してください」という特殊な演出だったんですが、オダギリさんもその映画的な面白さをわかってくれて、ちゃんとやってくれました。普通は俳優同士で感情をキャッチボールするのが芝居ですが、今回はあくまでも陽子から見た幻なので、そこはあえて感情を交わすことなく、こちらの都合で動いてもらいました。オダギリさんは、それを楽しんで演じて、画面を持っていくんです。

感情はキャッチボールしていないけれど、映像的な段取りはものすごくあります。オダギリさんと菊地さん、うまい人同士の2人の呼吸がピタリと合って、見事にそこで映画が生まれました。

――監督の作品は「海炭市叙景」(2010)や「私の男」(2014)でも、冬の雪景色の美しさが印象的でした。今回もラストは雪景色です。

撮影は2021年11月後半から12月前半の2週間。脚本上はラストに雪を降らせたかったのですが、天気はどうなるかわからない。でも本当に奇跡的に弘前で雪が降ったんです。映画の神様がいるとしたら、味方をしてくれたなと思いました。でもそこで「雪が降った~」と喜んでしまうと止みそうなので、みんなで噛みしめながら粛々と撮っていました。

雪景色は一見、厳しい。寒いし冷たいし。でもどこかで僕は、そこにあたたかみを感じます。自分の故郷(北海道帯広市)を思い出すからだと思います。

雪が降ると一瞬にして景色が変わるし、音を吸収して街の音が消えます。車の音などが消えて、風雪の音だけになって、シーンとした感じになる。今回、後半で風雪の音を結構使っています。果樹園のロープが風でカタカタいう音とか。人によっては「厳しい音じゃないか」という人もいるのですが、僕には懐かしい音なんです。

――陽子と父の20年前のトラブル、恐らく進路を巡っての何かだろうと思いましたが、何があったかは明かされません。

裏設定というのはもちろんあって、俳優には伝えていますが、観る人が自分の話と思って見てほしかったので映画の中ではあえて曖昧に表現しています。陽子は何者かになりたかったが、なれなかった。

僕も今映画をやっていますけれど以前は、水道屋の父親から「水は人間にとって必要だけど、映画は必要ない」とよく言われていました。そういう部分で僕は、陽子の話を自分の話として捉えることができたんです。

――ありがとうございました。

公式サイトはコチラ https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/

©2023「658km、陽子の旅」製作委員会




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