惜別の夜、立ち飲みで獺祭に酔う
【Q倶楽部】尼崎市・阪神尼崎

関西・オンナの美酒佳肴

 

惜別の夜、立ち飲みで獺祭に酔う

【Q倶楽部】尼崎市・阪神尼崎 

 

 ネクタイ姿のビジネスマンが帰宅前に一杯飲んだり、おそがけに二次会として立ち寄ったり、気軽に利用する立ち飲み屋がある。おでんや玉子焼きなどの小皿料理を選び、テーブルの上のスナック菓子をつまんでサッと席を立つのが常だ。が、ある夜、私たちは4時間以上飲み続けた。

 

獺祭スパークリンク50
獺祭スパークリンク50

 

 冷たい雨が降る夜、旅立った人にお別れをしてきた私たちは、酒が大好きだったその人に献杯しようと店を探していた。よさそうな雰囲気の看板を見つけて「あそこにしよう」と足を早めると、手前に立ち飲み屋の暖簾が見えた。
 「こっちもいいんじゃない」「あの人が喜びそうな店だ」とサンテレビの番組プロデューサー。「えー、座りたいし…」と迷う女性2名。「彼らしいじゃない、立ち飲みにしよう」と、決めのひと言は山口県から予定をキャンセルしてとんできた蔵元。そうして私たち5人は暖簾をくぐった。

 

スナック菓子もおつまみ
スナック菓子もおつまみ

 

 よかった、椅子がある…。立ち飲みカウンターとテーブル席、折りたたみ椅子が10脚ほどあった。すかさず冷蔵庫にある日本酒の銘柄をチェックしたのは、山梨県で酒屋を経営する依田浩毅さん。「会長のところの酒、ありますよ」と、獺祭スパークリングを選んできた。旅立った人が愛した酒であり、献杯に最もふさわしい酒かもしれない。

 旅立った人はコラムニストの勝谷誠彦さん、蔵元は旭酒造の桜井博志会長だ。20年前、フリーランスになったばかりの勝谷さんとまだ獺祭がブームになる前の桜井会長(当時社長)は出会い、友情を育んできた。そのストーリーは、私が編集した「獺祭 天駆ける日の本の酒」(西日本出版社)に詳しく書いてあるので、ぜひ読んでほしい。

 思い起こせば、勝谷さんと桜井会長、そして私たちはいろんなところで獺祭を飲んだ。旭酒造がある岩国ではフグやオコゼを食べながら、東京では高級割烹も行ったし、気軽な居酒屋もあった。勝谷さんが愛した軽井沢の家で、みんなに手料理をふるまう姿は気のいい親戚のおじさんのようで、普段とは違う表情だった。お酒が大好きで料理にうるさくて、時々お店の人にキレることもあったけど、でも取材力や世の中を分析するセンスは抜群で、多くのことを学ばせてもらった。

 ただでさえエピソードの多い人だけに思い出話は尽きず、店にあった獺祭スパークリング3本、三割九分もなくなり、すっかりできあがった依田さんが冷蔵庫の奥に獺祭48寒造早槽(かんづくりはやぶね)を発見。無理を言って出してもらい、それも飲み干してしまった。早すぎる永遠の別れは実感もなく、「物語のプロットをたくさん作っているんだ」と言われていた勝谷さんの小説が永遠に読めなくなったのが残念でならない。

 

店主の林久博さん
店主の林久博さん

 

 数日後、一人で再びこの店を訪ねると、「あの日は皆さんよく飲まれてましたね」とマスターの林久博さん。あの時飲んだ寒造早槽は、偶然この店の常連だった私の友人がキープを頼んでいたもので、翌日楽しみに来店して地団太を踏んだとか。
 よくよく聞いてみると、この店は地元で有名なバーが3年前に移転して立ち飲みを中心に業態を変えたもの。居酒屋の2代目として30年以上バーを経営してきた林さんは、獺祭を20年以上扱っており、獺(カワウソ)が食べ物を岩場に並べる様子から生まれた獺の祭りという言葉。そのネーミングの由来を多くのお客さんに語ってきたという。

 「そういえば、10年ほど前、地元で講演をされた勝谷さんに獺祭をプレゼントしました!」とマスターが思い出した。「店に来られたことがなかったので、いつかは来てほしいと思っていたんです」と…。長年バーを経営してきた聞き上手なマスターと語り合いながら飲む獺祭が心にしみた。

 


◆ MENU
生ビール 320円
焼酎 320円~
日本酒 320円~
獺祭三割九分 800円
獺祭スパークリング(瓶) 2500円
おでん、一品料理など

◆ Data
Q倶楽部
電話:090-5048-0249
住所:兵庫県尼崎市昭和南通3-8
営業:16:00~23:00
休み:日祝


◆ Writing / 松田きこ
(株)ウエストプラン代表。兵庫県西宮市在住。食・観光・人物取材に日本中を飛び回る。ライター歴20年以上。編著書「神戸・阪神間 おいしい酒場」「くるり西宮・芦屋・東灘・灘」「くるり丹波・篠山」他
http://www.west-plan.com/