人生の終わりから介護のあり方を考えた~「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 最期に死ぬ時。」関口祐加監督インタビュー

母ひろこさん(左)と関口監督の会話シーン ©2018 NY GALS FILMS

 

 アルツハイマー型認知症と診断された1930(昭和5)年生まれの実母(ひろこさん)を介護するドキュメンタリー映画を、これまでに2作発表して話題を呼んできた関口祐加監督の最新作映画「毎日がアルツハイマー ザ・ファイナル 最期に死ぬ時。」が10月6日から関西で公開中だ。

 公開前のキャンペーンで9月に大阪にやって来た関口監督に話を聞いた。

 

 「介護の一瞬先は闇。母より先に私が歩けなくなった。先天性股関節変形症とわかり、2014年7月に右脚を、11月に左脚を手術した。全身麻酔が必要な手術なので加齢とともにリスクが増し、麻酔から覚めないと死ぬこともある。介護はされる人だけでなく、する人も共に老いていく。場合によっては介護する側が先に亡くなることもあるのだということが、わが身にリアルに迫ってきた。よく“終わりなき介護”と言うが、それは嘘で、介護の先には死がある。誰にも訪れる人生さいごで最大のイベントをどんなふうに迎えたいのか。死をタブー視せず、人生の終わり方をオープンに考えてみようと思った」

「ドキュメンタリー映画は展開がどうなるかわからないところに面白さがある。ステートメント(声明)ではなくプロボケーション(挑発)。それぞれがそれぞれの立場で考えてと挑発するものだと考えている」と話す関口祐加監督

 映画は監督自身が手術台に横たわるシーンから始まる。以前から続いていた脚の痛みに耐えかねて手術することになった同じ時期に、母は虚血性脳血管障害を起こした。

 「退院してリハビリをして何とか歩けるようになったが、私自身が要支援2の身体障害者になった。チタンの人工股関節を入れた脚は、冬になると信じられないほど冷える。メスを入れた脚の筋肉も元のようには動かせず、1年前には路上で大転倒してしまった。介護する私の側にも様々な事情が出てくるが、母の介護は本人のニーズを第一に考える“パーソン・センタード・ケア”で行う方針は変わらない。この選択は愛ではなく、理性だ。本人が嫌だと思うことは絶対にしない。やりたいことを徹底的にやらせる“パーソン・センタード・ケア”は “情けは人の為ならず”と同じで、巡り巡って結局は私自身のためになっている。なぜなら本人が不安にならず、落ち着いているから。母が落ち着いているからこそ私も仕事を続けられている」

 話す言葉は明快で、非常に論理的だ。介護に必要なことは「十手先を読んで、手を打つこと」と言い切る。「認知症のケアは高度なスキルが必要で、家族が愛だけでできる訳ではない。だから早めにチームを組んで、プロの力を借りたほうがいい」

 

 発想を180度転換して「人生の終わりから考える介護」という着眼点を得た関口監督は「いい死とは何か」を考える過程で、いろんな人たちに会いに行った。入院中に知り合った「病棟の母」山田さん、オーストラリア時代からの友人マーガレットさん、松山で小規模多機能の介護施設「あんき」を経営する中矢さん、イギリス「ハマートンコート」施設長で精神科医のヒューゴ博士、スイスの「自死幇助」クリニック院長のエリカ博士……。

 「母は『ポックリ死にたいね』と言う。ポックリ死ぬということは突然死だが、実はそれらの死にはちゃんと病名が付く。きつい管理をしないで、本人がやりたいようにやらせる、ゆるい介護が突然死のポイントになるのかな」

 いま関口監督は61歳、9月末に母ひろこさんは88歳になった。母が79歳の時に始まった在宅介護生活は足掛け10年を迎えている。

 

【上映情報】10月6日から第七芸術劇場で公開中。11月京都シネマ、2019年1月26日から元町映画館で公開。




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