家族のカタチはいろいろあっていい! 「沈没家族 劇場版」5/18(土)から関西で上映開始

「ポスターの真ん中で泣き叫んでいる子どもが幼い僕です。欲求を全身で表す子どもだったようです」と話す加納土監督=4月26日、大阪市内で

 かつてテレビのドキュメンタリーなどで取り上げられたことを覚えている人もいるかもしれない。1990年代半ば、東京の片隅に様々な若者たちが集まって共同で子育てする「沈没家族」という場があった。そこで子育てされた本人、1994年生まれの加納 土さんの初監督作品「沈没家族 劇場版」が5月18日(土)から第七藝術劇場で公開される。

 

 このユニークな映画が制作されたきっかけは、加納監督が20歳になった2014年に開かれた「沈没同窓会」だった。彼は「顔と名前がぼんやり一致する」大人や「全く誰だか見当もつかない」大人たちが語る「どうやら可愛らしい赤子」土くんの話を自分のこととは思えず、モヤモヤした気持ちが残ったという。そこで「沈没家族とは何だったのか」を武蔵大学の卒業制作ドキュメンタリーで取り上げることにして、かつて自分の面倒をみてくれた大人たちに会いに行った。90年代当時の映像などはNHKやフジテレビ、藤枝奈己絵さん(漫画家)、神長恒一さん(だめ連)から提供されたもので構成した。

 ゼミ生だけが見るものと思って作った卒業制作だったが「PFFアワード2017」で審査員特別賞、「京都国際学生映画祭2017」では観客賞と実写部門グランプリを受賞。その反響を受けて今回新たに取材して20分余りを追加した劇場版を制作。4月の東京を皮切りに全国公開が始まった。

21歳で土くんを生んだ加納穂子さんはシングルマザー。土くんが1歳の時、「共同(?)保育参加者募集中」のビラをまいて1995年に東中野のアパートで「沈没家族」がスタート。翌96年に複数組の母子と5LDKの沈没ハウスに移住。加納母子は土くんが小学2年生を修了した2003年3月に八丈島に移住するまで共同生活をした ©おじゃりやれフィルム
「沈没家族」というネーミングは当時、ある政治家が「男女共同参画が進むと日本が沈没する」と発言したことを聞いて腹を立てた加納穂子が命名したという ©おじゃりやれフィルム
思い出の地を訪ねる加納穂子さんと土監督 ©おじゃりやれフィルム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加納監督は言う。「沈没家族はゆるやかな共同体だったので、保育ノートはあるが名簿はなかった。保育に入ったことのある大人たちは大体50人プラスαといったところ。当時から『そんな風に子どもを育てるなんてかわいそう』という非難の声もあったようだが、今回、僕と一緒に沈没家族で育っためぐと再会した時、彼女は笑って『悪くないんじゃない』と話してくれた。そう。その肯定する思いは僕も同じ。沈没家族、悪くなかった」

4月26日金曜の午後、大阪で一足早く行われた「沈没家族大阪先行上映会&座談会」は子連れ参加OKのイベントで大いに盛り上がった。座談会の登壇者は(左から)加納土監督、『ふつうの非婚出産 シングルマザー、新しい「かぞく」を生きる』(2018年/イースト・プレス)著者の櫨畑(はじはた)敦子さん、家族社会学者の永田夏来さん、京都で「子守会議」「保護者団」などの活動をしてきた珍妙さん。珍妙さんは東京で暮らしていたころ「沈没家族」に参加したそうで「映画に使われた屋上決闘のシーンは私が撮影していたのよ」との衝撃発言(?)もあった

 映画公開以来、加納監督はできるだけ上映館に足を運び、観客たちと言葉を交わしているそうだ。「劇場で話を聞いていると、自分の家族の話をし始める人が多い。家族にはいろいろなカタチがある。沈没家族も確かにひとつの家族のカタチだったってことなのかな」

 ワンオペ育児の大変さが話題になり、父親の育児参加が求められる現代。閉じた家族関係の中で育児の問題を解決しようと考えず、こんなふうに生きた家族もあったことに、目の前が明るくなるような気持ちを抱く人もきっとあるだろう。

 

【お知らせ】第七藝術劇場(十三)では、初日5/18(土)15:20の回上映後に加納監督のトークショーを開催予定。翌5/19(日)は14:35の回上映後のトークショーは加納監督と映画『さとにきたらええやん』監督の重江良樹さんが登壇予定。

 京都・出町座(出町柳)でも近日公開予定。

 公式ホームページはコチラ http://chinbotsu.com/




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