ホスピスの現場「そのまま」と「そのもの」を描くドキュメンタリー 映画「いのちがいちばん輝く日」レビュー

 「命」や「最期のあり方」をテーマにしたドキュメンタリー映画の製作を手掛ける映画監督、溝渕雅幸さん(57)。2018年には、高知県四万十市で診療所を営む小笠原望医師と四万十川流域に暮らす人々との交流を描いた「四万十~いのちの仕舞い~」を発表。現在は3作目となる「結びの島」(20年秋公開予定)の製作に取り組んでいる。作品を通して人間の「生」と「死」を見つめる溝渕さんの、劇場用映画監督としてのデビュー作「いのちがいちばん輝く日~あるホスピス病棟の40日~」(2013年公開)が、このたびDVD化された。

2006年に開設されたホスピス「希望館」を舞台に

 作品の舞台は、ヴォーリズ記念病院内に開設されているホスピス「希望館」(滋賀県近江八幡市)。がんの終末期を迎えた患者とその家族に、溝渕さんとスタッフが2011年12月から40日間密着して記録されたドキュメンタリー映画だ。

 

■その1日を、高い質で積み重ねてほしい ホスピスの原点がここに

 死は、日常の対極にあるもの――。できれば、日常から「遠ざけたい」類のものだ。しかし、40歳をとうに過ぎた私などは、そうも言っていられない。好むと好まざるとにかかわらず、近しい人の死に直面することは、とみに増えている。人間ドックの結果を待つスリルも、30代の時のそれとは、明らかに重みが違う。そんなタイミングで見た映画だ。

 

西村史郎さん(左)と向き合う医師の細井順さん

 ここに記録される患者さんとその家族は、近い将来訪れる「旅立ちの日」のための準備をしている。いわば、死を極めて「自分ごと」として扱わざるを得ない日々を送っている人たちだ。骨に転移したがんの痛みに生気を失った表情や、肺がんによる呼吸苦からヒューヒューと繰り返される喘鳴(ぜんめい)。死が厳然とそこに存在するホスピスの「そのまま」を、映画は包み隠すことなく収めている。

 

 その一方で、患者の「生きる」ことの質を高めるという、ホスピスそのものの存在意義も、濃密に記録されている映画だ。

 「なんか、ええことはないですか?」。がんで余命を宣告され、ふさぎこみがちな状態で希望館にやってきた池本成博さんに、ホスピス長である医師の細井順さんは尋ねる。元音楽教師の池本さんは、数カ月後に開かれる教え子たちの弦楽コンサートに出席したいと願う。「その日まで毎日まいにち、1日を積み重ねていきましょうよ」。細井さんは前向きに声をかける。「池本さんがしょげていても、(私たちが)そうはさせませんから」。池本さんは何度もうなずく。

入院当初、不安やいらだちがあった川岸智子さんのために、可愛がっている愛犬を病室に

 「(ここでの毎日は)“ごほうび”のようなもん。どこかでバチが当たりそうや」としみじみ話す西村史郎さんは、昼夜を問わず襲う肺がんの呼吸苦に苦しむ。たまらずこぼす弱音は、かたわらで寄り添うスタッフによってすべて受け止められ、吸収されていく。咳き込みながら西村さんが必死に継ごうとする次の言葉を、ただひたすら待つ姿勢も印象的だ。旅立つ数日前のことば「もう、ケ・セラ・セラや」は、決して諦観からではない、ごほうびのような環境でいのちを使い切ろうとしている西村さんの“やり切った感”から出たひとことではなかったか。

 

 映画パンフレット内「ホスピスQ&A」の一文を借りると、ホスピスという場所は「あと1日のいのちを与えることはしないが、その1日にいのちを与えるところ」であるという。がんの痛みをとることで、患者さんのかたわらで親身に寄り添うことで。直接的に、精神的に。この映画から色濃く感じ取れるのは、患者さんのその日1日の質を高めようとする、細井さんはじめ勤務スタッフすべての「気構え」だ。とりわけ、東京に住む次男に産まれた孫の顔を一目見たいと熱望する池本さんの願いをかなえようとする細井さんとスタッフの奮闘ぶりは、そうした気構えを象徴するハイライトとして、見ごたえたっぷりだった。もちろん、無事に「対面」を果たした池本さんのその表情は言うまでもなく。

病床から上京して孫との対面を果たした池本成博さん(右)と妻

 

■家族に、映画を見る人に 「いのち」は受け継がれた 

旅立った池本さんを囲み、家族と病棟のスタッフが池本さんの思い出を語り合う「お見送りの会」

 池本さんにも、やがて最期の時がやってくる。いつもかたわらで夫を支えてきた妻をはじめ、子、孫の三世代が、ベッドを幾重にも囲む。旅立つその瞬間にも、カメラは入り込んでいる。家族からしてみればもっとも「個人的な」時間に、部外者が立ち入ること、まして映像として収められることに、いくばくかの抵抗感はあったのかもしれない。監督の溝渕さんが、時間をかけて丹念に築いてきたであろう信頼関係にも、思いをめぐらせる。

 死んでいくことのリアリティー、そして自らが死ぬことの質感をもって、池本さんは、いま生きていることの深さや尊さを、次世代を担う子に、孫に、確かに伝えたはずだ。命日の2012年1月16日は、池本さんの「いのち」そのものが、結婚式や子どもの誕生など、晴れやかな人生のワンシーンとまったく同等の彩度で輝いた日ではないか。また、部外者である私たちにも、肉親同様に「いのち」の重みを伝えたい、そんな思いから、池本さん一家は撮影に応じてくれたのではないか。鑑賞後の余韻にひたりながら映画のタイトルを見返して、そう思った。

 映画のキャッチコピーは「死によって受け継がれる、“いのち”がある」。池本さんを直接知らない私にも、そしてこれから映画を見る人にも、池本さんの「いのち」は、確かに受け継がれていく。(伊藤真弘)

 

ドキュメンタリー映画

「いのちがいちばん輝く日~あるホスピス病棟の40日~」DVD

(企画・制作・発行・発売:株式会社ディンギーズ/発売:いのちのことば社)

■収録内容:1.本編(約95分)2.対談映像:テーマ「ホスピスケアの原点」(約45分) 柏木哲夫氏(淀川キリスト病院 名誉ホスピス長・相談役)×細井順氏(湯川胃腸病院 緩和ケア科部長/元ヴォーリズ記念病院ホスピス長)

■販売価格:5000円(税別)

■購入方法:https://www.inochi-hospice.com/inochi/

 




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カテゴリ: ライフ&アート

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