やきものに魅せられた人類の壮大な物語をファンタジックに描くドキュメンタリー「陶王子 2万年の旅」

「陶王子の人形を使うというアイデアを思いつかなかったら、恐らく途中でこの映画を制作することは諦めていたと思います」と語る柴田昌平監督=2020年12月25日、大阪市内で

2005年に放映されたNHKスペシャル「新シルクロード」の第1集「楼蘭・四千年の眠り」、第5集「天山南路・ラピスラズリの輝き」をはじめ、数々の映像作品で国際的に評価されている柴田昌平監督の最新作「陶王子(とうおうじ) 2万年の旅」が、まもなく関西でも公開される。日本と中国が国際共同制作したドキュメンタリー映画で、撮影監督は前出の「楼蘭~」を共に手掛けた毛継東(マオ・ジードン)。人類が長い時間をかけて生み出した陶器や磁器など「やきもの」の歴史を、陶王子(語り のん)の案内でファンタジーの薫風をまといながら見せつつ、「やきもの」を巡る仕事に携わる人々の情熱を伝える言葉をちりばめた珠玉の映画だ。昨年末に来阪した柴田監督に話を聞いた。

――制作を始めたきっかけは?

僕の前作、日仏合作ドキュメンタリー「千年の一滴 だし しょうゆ」(2014年)を見たフランス在住の陶芸アーティストから、「陶芸をテーマにしたドキュメンタリー作品を撮って」と言われたことがきっかけです。彼女はテキサス生まれのアメリカ人で、20代のころ京都で3年過ごしたことがある70代の女性ですが、フランスの工芸美術学校で教えながら自分でもインスタレーションの作品を発表してきた人です。

©プロダクション・エイシア/NED

それでいろんなリサーチをして「面白いな」と思いつつ、映像表現としては普通のお勉強ドキュメンタリーになっちゃうのかな?と踏み込めず悩んでいた時にたまたまYouTubeで見つけたのが、耿雪(ゴン・シュエ)さんという中国人女性アーティストが作った人形アニメーション動画でした。真っ白い陶の人形が「僕の父は炎、母は土」と言って酒を飲んでいる2分半ぐらいの卒業制作の映像がYouTubeに載っていたのです。映画でも冒頭にそのまま使わせてもらいましたが、それを見つけて、なんちゅう表現をする人なんだろうと思ったんです。無機物で、どこか凛とした冷たさがあったりするところが魅力だったりする陶磁器が、まるで生き物のように動いている。彼女が制作に一緒に参加してくれたら突き進もうと思い、僕が北京の映画学院で学んでいた時の友達に「耿雪ってすごい人がいるんだけれど、友達に知り合いいない?」って聞いたら、友達の友達ぐらいに知り合いがいた。とんとん拍子に話が進んで、忙しかったら応じてもらえなかったけれど、たまたま時間があるということで、制作に参加してくれることになりました。

 

――映画には、いろいろな素材で陶王子が登場しますね。

フランスのセーヴルで生み出された色をまとった陶王子はまさに「王子様♥」

縄文の素焼きの人形なども、そこから作ってくれました。土器が生まれた時から人形そのものが変化していくというストーリーにしたいと思っていたので。どんな形にするか、その人形でどんな動きをしていくか。まずいろいろ打ち合わせして、いろんなアイデアを持ち寄り、皆で作っていきました。景徳鎮にある彼女の工房で制作を始め、人形を作るだけで3カ月ぐらいかかったと思います。

実際に人形をどう動かすかは、4泊5日ぐらいで耿雪と夫で人形アニメーションを担当する甘浩宇(ガン・ハオユー)、カメラマンの毛くんたちとディスカッションをしながら作っていきました。限られた時間で実現可能なものを、ということで、操り人形のようにして動かしたり、コマ撮りしたりしました。歩く表現は難しいのでコマ撮りしました。

 

――日本語の語りは、のんさんですね。

はい、編集している時からのんさんがいいなと思っていました。王子なので、高貴な感じも必要だし、セラミック独特の透明感も必要だし、「僕はどこから来たの?」と問いを発する幼さ、あどけなさを、演技ではなく地声で話せる、しかも若い人ということで、僕の中ではのんさん以外の選択肢はなかったです。演技でキャラクターを作って話せる熟練の俳優さんはいますが、そうすると陶王子があまりにも遠い存在になってしまう。

僕がやっているのはドキュメンタリーなので、芸能人は全く知りません。それで普通に、のんさんのファンサイトのお問い合わせからお願いをして(笑)快諾してもらいました。

 

――自然の映像も美しいですね。美しいからこそ、土器の始原の研究をしている熊谷幸治さん(陶芸家 武蔵野美術大学講師)が「器に自然を写し取ろうとしたのではないか」という言葉が、胸に残りました。

土器の始原の研究をしている熊谷幸治さん(陶芸家 武蔵野美術大学講師)

撮影監督の毛くんが最初から言っていたのは「環境の中で人を撮りたい」ということでした。彼は影法師を撮ることにもこだわっていました。熊谷さんの取材では、青森の海岸で4日間ぐらい撮影しました。印象的な影法師が出るのは1日のうち20分ぐらい。狙って撮るしかありませんでした。

ドキュメンタリーの撮影は全部監督が決めているわけではありません。スタッフの力は大きいのです。毛くんは彼の中でのファンタジーと物語を自分に引き付ける中で、情熱を傾けるキー映像、人と歴史を描くメタファーとして影にこだわったのではないかと思います。とはいえ、彼が撮った影のカットすべてを使っているわけではなく2カットぐらいしか本編には入れていませんが。

 

シルクロードは「陶磁之路」

――英題は“Ceramic Road”、中国語題は「陶磁之路」ですね。

「陶磁之路」は中国語ではもともとある言葉で、「シルクロードからセラミックロード(陶磁之路)に変わった」などの文脈で使われています。それで撮影中からスタッフの間ではこの映画のことを「陶磁之路」と呼んでいました。

 

――それが邦題で「陶王子  2万年の旅」になったというのはなぜですか?

日本語でセラミックという言葉を使うとケミカルなにおいがする。僕の中にはセラミックという言葉は最初からあったけれど、皆からやめた方がいいと言われて、素直に「陶王子」に。なんだかわけわからないけれど、そのわからないところがもしかして理解されるかなと。僕一人ではなく、スタッフで話し合って「陶王子が自分のルーツをたどる2万年の旅」ということで決めました。

取材と撮影は2019年末で終わっていたけれど、この作品は古くならないから、コロナが収まってから完成させてもいいかなとのんびり構えていたけれど、ポレポレ東中野の支配人、大槻貴宏さんが「2021年の幕開けに、希望に満ちたこの作品を上映したい」と言ってくれたから、急いでやろうかなと。大槻さんにそう言われたのは9月で、その頃は今よりもう少し明るいムードでしたが。

編集しながら思っていたことは、人が移動する時にはプラスとマイナスが必ずあるということ。急激なグローバル化がある種の環境破壊になりながら、今、新型コロナウイルス感染症という病気が発生し、僕たちがどうするかが問われている。

景徳鎮の窯開き。会心の作を手にした人の満面の笑み

この器の道も、シルクロードも、人が動きながら、一方で疫病も動いてきた。700年前、中国・景徳鎮で生まれた「青花(日本では染付と呼ばれる)」もモンゴルの世界制覇と共に広まり、同時にペストがヨーロッパに広がった。人が動く時、探求するプラスとマイナスがいつもあるが、そこを人類は帳尻を合わせてきたと思う。人の壮大な移動と挑戦の可能性の陰には、個人レベルでの苦労もある。中国では陶工たちが自殺したという話もいっぱい残り、ドイツでは幽閉された人もいる。人類が「もっとよくしたい」と願う欲望の陰には別の側面がありながら人は生きていたんだなと、しみじみ感じながら仕事していました。

 

――国を越えて一つの作品を作る体験は、どんなことを教えてくれたのでしょう?

前作でフランス人から一番学んだのは、ドキュメンタリーとルポルタージュは違うということでした。

彼らからすると、ルポルタージュとは、物事を客観的に報道すること。物事をジャーナリスティックな視点も含めて外側からきちっと伝えていくこと。極端に言えば文化映画的な「何とかを紹介します」、対象に対して取材者側がジャーナリストだったら「報道する」、文化映画だと「啓蒙する」。それらはみんな外側からの目線だからルポルタージュになる。

一方、ドキュメンタリーは、ものの中側から、作り手自身がインサイドに入って、インサイドの目でものを見ていくことだと。だからこそドキュメンタリーは普遍性を持つし、時間がたっても古びていかない。対象の内側に自分が入るには文法的にいろいろなやり方があります。自分たちはその人とは一体にはなれないにしても、インサイドの声をちゃんと聴き、受け止めて、届ける方法を考えていく。だから作家性があるし、映像工夫もものすごくします。今回でいうと、耿雪の人形を使ったこと。昨日、若い人たちと話していて「ドキュメンタリーだと思っていたら人形があったのでビックリしました」と言われたけれど、そんなの当たり前なんです。

ルポルタージュは相手との関係を作り、テーマに対する自分の使命感なりがあれば簡単に成り立つけれど、それをもう一段、ドキュメンタリーにしていくには、自分がどこの立ち位置に立ち、どういう責任を取り、それに対してどういう映像にして単なる客観性を乗り越えていくのかまで考えていかなければならないのです。なので、例えば語り口として淡々としていたとしても、そこにいろいろな計算が働いていたりします。ドキュメンタリーの語り口の表現は無限にあるのです。

 

――すると、陶王子が「僕は」という一人称で誘っていくこの作品は、柴田監督が陶王子の中に入って、どう作っていこう、どう辿っていこうと考えた物語そのもの。やはりこれは壮大な旅だった、といえますね。

タイトル通りになっていたというわけですね(笑)。

今は生活を見直そうという機運も高まっている時だから、当たり前に使っている器に、すごい歴史が詰まっているという映画を、あえて上映することに意味があるのかなととらえています。日々の生活を大事に紡いでいる人、自分の暮らしを身の回りから豊かにしていきたいと思っている人にぜひ見てほしいと思っています。家の中の暮らしはこれからもっと大事になってくるでしょう。お茶碗一つにでも2万年の足跡を感じると、家の中で物語をたくさん想像できて、本当に尊いものに見えてくるんじゃないでしょうか。

 

【関西での公開日程】1月16日(土)から第七藝術劇場、29日(金)からMOVIX京都、順次元町映画館 で公開。

公式ホームページ http://asia-documentary.kir.jp/ceramics/




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カテゴリ: ライフ&アート

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