驚きと発見に満ちたハッピーなドキュメンタリー映画「へんしんっ!」6/26(土)から関西で公開

石田智哉監督(提供:東風)

【石田智哉監督インタビュー】立教大学大学院に在学中の石田智哉監督(24歳)が、現代心理学部映像身体学科の卒業制作として「しょうがいと表現」をテーマに作った映画「へんしんっ!」(94分)が、6月26日(土)から第七藝術劇場で公開される。初日11時40分の回の上映後には、石田監督のリモート舞台挨拶(手話通訳あり)もある。ひと足早く6月17日、リモート取材に応じた石田監督に話を聞いた。

 

――指導教官の篠崎誠教授にタイトル「へんしんっ!」を提案された時、どう思いましたか?

いいなと思いました。自分らしく語ってくれる言葉で、僕が以前「仮面ライダー」が好きだったと話していたことも気に入ったりされていた。映画で僕が出演したカフカの小説「変身」をテーマにした砂連尾理(じゃれお・おさむ)さんが作った舞台にも重なっていますし、何より自分が映画を作ることで心と体が両方変わっていくという意味も含まれたタイトルなので、いいなと思いました。

――卒業制作として作った作品が第42回ぴあフィルムフェスティバルPFFアワード2020グランプリを受賞し、劇場公開されることになったことについては?

この作品が卒業制作として完成して、2020年3月にゼミ生作品の上映会をしようと考えていたが、できなくなった。なかなか上映する機会がない中で、ぴあに出品して入選していろんな人に見ていただける機会を得たことがうれしかった。スクリーンで上映してグランプリを獲得して、プレゼンターの大森立嗣監督に「しょうがい者が撮ったドキュメンタリーというかたちでなく、映画を作ること、作品を作ることの楽しさ、そこからにじみ出る喜びが表現されている」という言葉をいただいたことが作り手としてうれしかったです。しょうがい者という枠を超えた作品になったんだなと。

そして、この映画の劇場公開が、配給会社や映画館の協力で、自分がやりたかった音声ガイドと日本語字幕があるオープン上映という形式でできることは、自分がやりたかったことをすべて詰め込んだ形で上映することになるため、すごくうれしく思います。

もともとボランティアサークルに所属していた時に、アナウンサーを目指している放送研究会の人が協力してくれて音声ガイドを付けた映像を大学内で上映していた。見えない人、聞こえない人、地域の人たちが同じ場で集って作品を楽しむことをコンセプトにしていた上映会です。その上映会で得た手応えや喜びを、自分の作品を作ったらやりたいなと思っていたんです。

――砂連尾さんから舞台への出演を提案された時、どんな気持ちでしたか?

稽古場で初めて車いすから降りたシーン

その提案は想定外でした。舞台に出ませんか?と誘われた時に、合わせて言われたのは車いすから降りるということ。砂連尾さんに「車いすを降りた石田くんを見てみたいです」と言われました。降りるって? 僕どうなるんだろうという好奇心が半分ぐらいと、もう半分は若干の不安がありました。僕は床に降りた経験がない。ベッドやマットが敷かれた床に降りたことはあるけれど、木の床に降りることはなかった。砂連尾さんはしょうがい者とパフォーマンスを一緒にしているけれど、介助の経験はあまりないだろうから。

だけど、砂連尾さんだと大丈夫だなという安心感のようなものがあり、床に降りた。会うのは3、4回目ぐらいでしたけれど。そのぐらいの回数であそこまでの信頼関係というか、委ねていいんだと思えたのって不思議だなっていう感じはしますね。

砂連尾理さんとの手のダンスのシーン

――砂連尾さんとの手のダンスのシーンで、とても大事なものがそこにある、ここに命があるよという感じを受けました。そういうことをしている時、つまりそれが「表現」になると思うのですが、その時の監督の感情は? 体を動かすことが気持ちがいいという感覚はあったのでしょうか?

あります。床に降りて、それこそ砂連尾さんに肩、腰、脚の辺りを持ってもらってちょっと動いたり、自分で動く時は、普段理学療法(PT)で体を動かす時とは違って、体にあたたかさがありながら伸びていくという感覚があったりして、不思議でした。音楽や周りのパフォーマーとか、いろんなものから体が影響を受けていつもと違う動きになるのかなという感じがして、面白いなと思いました。

――それは快感ですよね?

そうですね。気持ち良かったです。

――そういう体験をすることが結局、体が変わっていくとか心が変わっていくとかいう時にとても大事なことだと思います。その体験で監督自身が違うところに目を見開かれたということがあると思うのですが、心と体がつながっているという感じはありましたか?

自宅で編集作業する石田監督

ん……そうですね。パフォーマンスをやっていて、心の動きに合わせて体が動いているんだなと感じる一方で、映像編集で撮ってもらったものを見ていると、心で感じていたことと実際に体がやっていることとズレがあるということも一方ではありました。パフォーマンスの時に砂連尾さんが指示する方向と逆に体を動かしたり、砂連尾さんと手のダンスをしてた時に思わず手を上にあげたり、車いすをちょっと動かしたりして、心の動きとはちょっと違う、体が反応して動いているという場面もありました。また、インタビューの場面などで僕自身にもカメラを向けてもらった時に、自分の手の癖とか、語る時にちょっと言いよどんだりするところとか、ダイレクトに心と体がつながっていると感じる所もあれば、心の動きを相手に見透かされないように、わざと体がずらして反応しているのかなと思うところも一方でありました。だから、どちらとも言えない感じですね。

――プレスシートの中に監督が書いた「受け止めすぎていては心身が持たなくなってしまう」という言葉がありましたが、私たちも取材して感動したらグチャグチャになったりすることがあります。製作活動をすることでキャパシティが広がった感覚はありますか?

そうですね。映画を作ったことを通して、自分の内面や過去に体験してきたこと、僕の体の感覚とか、未来の体がどうなるんだろうとか、自分の体について考えることがより増えたので、キャパシティが高まったというのはあるかもしれません。創作することによって、フィクションというか、少し距離をとって出来事や身体に向き合うこともできる。創作することは向き合い方の回路を増やすことでもあるのかなという気がしています。

――選択肢が増えた感じですか?

多分。しょうがいのある身体についての新たな向き合い方を手に入れた感はありますね。

舞台本番。床に降りた石田監督の手のダンス

――どこかの場面で、自分自身のしょうがいを肯定できるようになったとおっしゃってましたが、石田監督のこんなにも美しい手のダンスを見て、肯定を超えた何かがあるんじゃないかと思うんですが。

今、僕は大学院で、しょうがい当事者が映画製作を通じて、どういうふうに自分のしょうがいや体の捉え方が変わっていくのか。自分の経験を論文にすることをやりたいと思っています。しょうがいを否定するところから克服する、否定から肯定へいくというのと、今おっしゃったように肯定でもない、もう一個先の何か、別の次元のものがあるなと思っています。それをどういう言葉で言えるのかを考えながら論文に取り組んでいます。 しょうがい者の表現活動の歴史や、しょうがい者運動の文献を読んだり、ろう者、全盲の方でドキュメンタリーを作っている人たちに話を伺って考えたりしているんですが、創造できるというか、新たに体を作る感覚みたいなものが、肯定の先の変化なのかなと思っているんですが。

――今のお話を聞いて、そこにあるものは同じかもしれないけれど、光の当て方が違ってきているから反射する面が違って見えるというような感覚じゃないかなと思ったのですが。新しい視点の獲得だとすると、まさに「へんしんっ!」ですよね。

(笑)

――次の作品は?

次ですか? いま修士論文を書いていて、その傍ら、さっきお話しした自分の過去の身体とか過去の経験とかを、映像作品になるのかはわからないですけれど、作品にできたらいいなとは考えていて、過去の写真を見たり、思い起こしたりとか、ちょっとずつ進めている感じですね。幼稚園の時のこととか……。

――その頃から車いすだったのですか?

幼稚園の年中、年長ぐらいから車いすです。生まれつきのしょうがいなので、車いすの前はバギーとかに乗っていました。

――車いすの使い勝手は随分改良されてきたのですか?

はい、変わっています。もともと手動車いすで、中学校1年の時に初めて電動車いすを初めて手に入れて、今の車いすは、車いすを傾ける、マッサージチェアのリクライニングみたいなのができる車いすになったりしていますね。

――自分で車いすを動かせるようになったのは電動車いすになってからですか?

はい。手動の時は押してもらう方が多かった。電動になって止まれることが面白かったですね。自分の好きなタイミングで止まれる。グルって回れる。

長回しで撮影したラストのシーン

――映画で砂連尾さんが手のダンスをするシーンに、ものすごく繊細なものを感じました。相手が今どんな気持ちなのかを常に考え、ここまで動かしてもいいかなと確かめながら動かしている。舞台本番の時も、最後の感動的なシーンでも。しょうがいがある人とない人が集まって、それぞれが好きに動きながら相手のことを考えている。

ラストシーンはすごくそういう感じがしましたね。撮っていてすごく多幸感を感じました。出ている人も撮っている人も幸せ。僕自身もラストパフォーマンスの時は監督としての立場を忘れそうになるというか。あのシーンを撮影している時は途中から自分も入っていった。見ていて、わあ、入りたくなったと引き込まれていきました。ちょうどその時、篠崎さんも居て、篠崎さんが「多幸感」という言葉を言っていたと思います。

――撮っている人も踊っている人も皆ハッピーでいい顔をしていた。お祭りみたいな感じでしたね。

コロナで大学も大変だと思うのですが、リモートが主ですか?

はい。通院する時は外に出たりしていますが。でも、シンポジウムなどがズーム開催になったお陰で気軽に入れるようになったところはありますね。恩恵も受けている気がします。

ろう者の野﨑静枝さんにインタビューする石田監督

映画を作ることを通して僕は、いろんな人に会ったり、いろんな人が会うような場を作ることに関心・興味があるのかなと改めて気づきました。場がないと、意外と深い話ってできません。しょうがい者同士すれ違ったり見かけたりすることがあっても、それだけで終わってしまう。見かけただけで流してしまうことが自分の中でもあるので、場を作ったり、場に飛び込んでみたり、時間をかけて何かものごとを知ろうすることができる社会になればいいなと思います。この作品は卒業制作でもあったので、時間をかけて作ることができました。編集まで含めたら2年ぐらいかけています。一つのことに2年をかけることはなかなかできないとは思いますが、時間をかけることは大事かなと思います。

――篠崎さんが何度か編集途中のものをご覧になっていて、カメラの位置、対象に迫る視点が変わったと気づいたと書いておられましたが、撮影を通じて変化したのですね?

そうですね。撮影の本田恵さんが初めてメインのカメラマンとしてドキュメンタリーを作るということもあり、最初は僕が作品に対してどういう方向性を考えているかもお互いにわからない中で撮っていたので遠慮がありました。もともと介助、サポートをしてもらうという交流はあったけれど、一緒にものをつくるという交流は初めてでしたから。保健室のシーンで、砂連尾さんが「どう作るか?」と話してくれた時に、お互いに話し合えて形勢が変わってきた。カメラマンとの距離が近づいて、僕が撮ってほしいものと、本田さんが撮りたいものが近づいた。パフォーマンスどう撮ろう?とかも以心伝心じゃないですけれど。

――チームになったんですね?

多分そうだと思います。

――これからどんな人たちと出会っていきたいですか?

僕は監督として映画を作ったけれど、そこを超えて皆さんが映画を見て思うことだったり、一人ひとりが経験してきたことを結び付けてどんなことを考えるのかを聞いていると、また新しい発見があって面白いなと思うので、そういう出会いをしたいと思っています。

――ありがとうございました。

 

美月めぐみさんにインタビューする石田監督

【取材を終えて】石田監督を舞台に引っ張り出した砂連尾理さんが、とてもいいファシリテーターとなって、この驚くべき作品が生まれたと思う。砂連尾さんの言葉でステキなのは「コンテキストの違う体」。人間は一人ひとり皆違うから、そこにしょうがいなどのカテゴリーを入れて分けなくてもいいと気づかせてくれた。映画は、お互いにコンテキストが違う体を持つ同士が、相手に敬意を払いながらコミュニケーションをとっていくことができると伝えているが、ちっとも説教臭くない。10分余り長回しが続くラストシーンは多幸感にあふれ、ハーメルンの笛吹き男に誘われた子どもたちが踊りながらついていくように、撮影をしていた石田監督が皆の踊りの輪に入っていってしまう(できれば私も入っていきたかった)。その心の動きが見ている側にも幸せな気持ちを運んでくる。登場する全盲の俳優・美月めぐみさんが、「みる」という言葉を「見(ケン)」じゃなくて「観(カン)」、でも「見(ケン)」でもあると言ったりするシーンでは知的な面白さも感じる。わくわくすることがちりばめられた、発見の連続が体験できるステキな映画だ。

石田監督は中学時代によく言われた気になる言葉を3つ挙げている。「受け身だね」「優等生だね」「頑張っているね」。言われてうれしい言葉ではなかったそうだ。けれど私は断言する。石田監督は受け身では全然ない、アグレッシブだ。優等生だとは思うし、頑張ってもいるけれど、頑張って作っているものが素晴らしい!(大田季子)

 

【公開情報】6月26日(土)から第七藝術劇場、7月23日(金)から京都シネマ、順次、元町映画館で公開。

 

「へんしんっ!」公式ホームページ https://henshin-film.jp/

 

©2020 Tomoya Ishida




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カテゴリ: ライフ&アート

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