CHALLENGEから生まれる芸術文化の力を信じて~「佐渡裕×蓑豊対談」報告~

登壇した2人

兵庫県立芸術文化センターの佐渡裕芸術監督と兵庫県立美術館の蓑豊館長のスペシャル対談「音楽×美術 CHALLENGE~コロナがもたらした変化と芸術文化の力~」が、2月5日土曜、事前に応募した聴衆を集めて兵庫県立美術館で開かれた。当日の話の内容を抜粋して、兵庫が誇る2人の“CHALLENGE”の歩みを紹介しよう。

 

CHALLENGE 1 佐渡さんのコンクール再挑戦で初めて出会った2人

1989年、28歳の佐渡さんは指揮者の登竜門、ブザンソン国際指揮者コンクール優勝し、フランス国内での仕事が増えていた。

「音楽家がコンクールに出場するには年齢制限があり、多くは35歳までです。34歳のころ、師である故バーンスタインの名前の付いたコンクールがイスラエルで開かれると知り、挑戦したくなりました。当時のヨーロッパのマネージャーたちは大反対でした。というは、一度コンクールで優勝した人間が、別のコンクールで良くない成績を収めてしまったら大変だからです」

反対を押して出場したコンクールは滞在期間約1カ月。その間ほとんどホテルと会場を往復するだけだった佐渡さんに、日本大使館から昼食の招待が来た。

佐渡裕芸術監督

「結果発表と表彰式がある日だったのですが、予定では式は18時から。昼食ならば間に合うなと、お招きを受けたところに蓑さんがいらしたのです」

その少し前から蓑さんは、日本美術のコレクターだったハイファの富豪が作品を寄贈して美術館をつくるので、鑑定をしてほしいと依頼され、イスラエルに滞在していた。

「当時のイスラエル大使はシカゴ美術館で東洋部長をしていた時の友人で、依頼された仕事のめどがついたので大使館に泊まってと招待されていたのです。そこへコンクールで優勝した若い日本人指揮者が昼食に来ると知らされました」

「優勝? その時はまだ発表前でしたが」と佐渡さん。

「いや、僕は優勝した日本人指揮者と聞きましたよ」

「結果的に第1回レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクールで優勝しましたが、予定より早く表彰式が行われることになったため、出席できませんでした。関係者がホテルに連絡しても、本人がいなかった(笑)」

その2人が、ともに兵庫県が誇る芸術の大切な拠点を担うことになったことを、佐渡さんは「縁ですね~」と感慨深げに語った。

 

CHALLENGE 2 美術館の存在感をアップさせた蓑館長の挑戦

蓑豊館長

対談前に開催中の「古代エジプト展」を見た佐渡さんは「とても面白かったです。家族連れなど若い人が多いですね」。

「子どもはミイラに興味があるんです。3000年前といえば日本は縄文時代。その時代に文字ができていたことに驚かされます」と蓑さん。

2010年から県立美術館館長を務める蓑さんのチャレンジは「安藤忠雄先生がつくった空間を生かして、どう見せるか」が一つ。

もう一つは「これまで手掛けていた街の中にある美術館と違う立地の美術館で、どう存在感を出していくか」だったという。

王子動物園と美術館をつなぐ道をミュージアムロードと名付け、阪神高速外壁に「MUSEUM ROAD」と表示。阪神電車の岩屋駅の表示には(兵庫県立美術館前)を加えるよう直談判。水辺で開催するレガッタは8年目で、全国から60チーム以上が参加するようになった。しかし、一番ドキドキしたのは、美術館のシンボルとなるオブジェ設置を設計者の安藤さんに了解してもらう時だったという。

「倉庫街に建った美術館なので、子どもたちが喜ぶような目印が欲しかった。オランダのホフマンさんの黄色いアヒルはどうかなと思いましたが『アヒルは水に浮かべてよ』と言われ、それならとカエルを作って、美術館の模型の上に置いて安藤先生に見せに行きました。勇気がいりました。ドキドキしながら見せたのですが『面白い!』と快諾され、ホッとしました。名前の公募には700通以上の応募があり、『美(み)かえる』に決まりました。ミュージアムロードから良く見えるように、電柱の地中化にも取り組みました」

2011年秋に開かれた「榎忠展 美術館を野生化する」で、佐渡さんと蓑さんはローズ(女装の榎さん)を交えたトークイベントで2回目の出会いを果たした。

様々な努力が実を結び、多くの来場者が見込まれた「ゴッホ展」の開催期間中に新型コロナウイルスの感染が広がり、2020年3月4日から美術館は休館を余儀なくされた。

 

CHALLENGE 3 休館中の芸術文化センターの挑戦

同じ日から県立芸術文化センターも公演の中止を余儀なくされた。2020年の夏のオペラも、兵庫芸術文化センター管弦楽団(HPAC)の定期演奏会も1年間中止になった。

佐渡芸術監督は、その間行った様々な活動をスライドを交えて紹介した。「センターのスタッフたちが様々なアイデアや技術を提供してくれて、いろいろなことが実現しました」

センターに再会を呼び掛ける横断幕を掲げ、一般からの演奏動画を募った「HPACすみれの花咲く頃プロジェクト」楽団メンバーを紹介して演奏を届ける動画「Meet-HPAC リサイタルホールから」を配信。

コロナ禍では兵庫県下の公立中学校1年生を大ホールでの演奏会に招待して行う「わくわくオーケストラ教室」も参加できない学校が増えた。そこで「わくわくonlineオーケストラ教室」を立ち上げた。

一方で、劇場再開に向けての準備も始めた。安全を確保できる奏者間の適切な距離の取り方や歌手や合唱の感染予防策を模索しながら、演奏会の再開を目指していった。

 

CHALLENGE 4 心を豊かにするために

2年を超えるコロナ禍で、当初「不要不急」と言われた音楽や美術などの芸術が、実は「不要不急」ではないと、佐渡さんも蓑さんも実感するようになったという。

「兵庫県立芸術文化センターは、阪神・淡路大震災からの心の復興のシンボルとしてできた劇場です。復興は創造があってこそ。演奏会場に来て、様々な人が一緒に集い、目の前の空気が振動して、音楽を楽しむ。そこには心を豊かにしてくれる、生きている喜びがあります」と佐渡さん。

佐渡さんがサプライズでフルートを演奏した

蓑さんは「創造につながる感性を育むことが、大人も子どももすごく大切なことだと考えています。感性を育むには、素晴らしいものに出会うことが不可欠です。芸術家になる・ならないではなく、保護者の皆さんは、子どもたちが良い作品に出会う機会、縁をつくっていってほしいです」と話し、「今日は来場者の皆さんにサプライズプレゼントがあります」と続けた。

それは、佐渡さんのフルートの生演奏だった。曲は「アメイジング・グレイス」。

「母が音楽家だったので、小さな頃からピアノを習わされ、1時間練習しないと外へ遊びに行けませんでした。小学校では譜面が読めたので、縦笛で漫画の主題歌などいろんな曲を演奏して友だちに喜んでもらっていました。小6の時の担任が趣味でフルートを吹く人で、クラスで披露してくれ『オーケストラで使われる銀の楽器』にあこがれました。中学生になったらサッカー部に入りたいなと思っていたのですが、ある日帰ったらフルートが置いてあり、母に『フルートで吹奏楽部に入りなさい!』と言われたんです」

まるで孟母三遷のようなエピソードだが、母の熱意がなければ、世界的指揮者・佐渡裕の誕生はなかったのかもしれない。

 

CHALLENGE5 これからの2人のチャレンジ

演奏会では海外のアーティストの来日が厳しい状況が続き、美術館でも外国からコレクションを借り受けることが難しい状況が続いている。

囲み取材に応じる蓑館長(左)と佐渡芸術監督

対談終了後の囲み取材で、2人はこれからのチャレンジについて語った。

佐渡さんは、兵庫県立芸術文化センター芸術監督に加え、2015年からオーストリアの名門、トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督を引き受けている。23年4月からは、新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督にも就任予定だ。

「新日本フィルと墨田区は日本で初めてフランチャイズ契約をして25年になりますが、街とオーケストラがさらに強くタッグを組めば、もっと面白くなると思った。僕の兵庫での経験が役に立つとすれば意味があると考えて引き受けることにしました。挑戦です。しかし、兵庫は僕にとって大切な場所で、芦屋には安藤先生が建ててくださった自宅もあるし、離れるわけではありませんから安心してください」

蓑館長は「兵庫で生まれた芸術運動『具体』は、世界では大きな注目を集めて騒がれているのに、日本ではあまり注目されていません。説明不足なんだと思います。兵庫の誇りと思ってもらいたいので、なぜそんなにすごいのかを多くの人に伝える言葉を探すことを、時間を作ってやっていきたい。佐渡さんは裕、私は豊。どちらも同じ<ゆたか>です。心の豊かさを味わうには芸術が一番いいと思っています」と話した。

 

【対談を聞いて】兵庫県が誇る芸術文化センターと美術館、2つの施設を率いる2人の<ゆたか>の対談は興味が尽きなかった。

対談のキーワードの一つは「縁」。出掛けて行って、何かにチャレンジしなければ「縁」は生まれない。

感染防止で外出自粛が求められているが、生きている喜びを味わう上質な時間は、心と人生を豊かにしてくれる大切なもの。コロナ禍だからこそ見直されている、人と人の関係性を培っていくためにも「なくてはならない」ものではないだろうか。

蓑さんが言う「感性」は、美を感じとるセンスであると同時に、「そこに誰かの生の営みがある」ことを肌で感じることなのかもしれないなと思った。(大田季子)




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カテゴリ: ライフ&アート