東海テレビが『人生フルーツ』の次に世に送り出した『眠る村』。この映画を「私たちの背骨」と呼ぶ理由とは?

 人呼んで「東海テレビドキュメンタリー劇場」。「独自の視点から地方発のドキュメンタリー作品を制作。作品は映画としても公開され、他のローカル局がドキュメンタリー映画を発信することに大きな影響を与えた」と、昨年秋には第66回菊池寛賞を受賞した。

©東海テレビ放送

 2017年に公開された第10弾『人生フルーツ』は、朝日ファミリー読者にもご覧になった方が多いのではないだろうか。ミニシアター系映画としては異例のロングランを続け、国内で26万人の観客を動員。公開中の韓国でもすでに6万人が見たという。次回作では何を取り上げてくれるのかと世間の耳目が集まる中で、第11弾『眠る村』(監督:齊藤潤一 鎌田麗香、96分)の公開が、2月2日東京から始まった。関西での公開を前に来阪した齊藤監督と阿武野勝彦プロデューサーに話を聞いた。

 

齊藤潤一監督

 『眠る村』のテーマは、三重県と奈良県にまたがる山間の村、葛尾(くずお)で1961(昭和36)年に発生した「名張毒ぶどう酒事件」だ=コラム欄参照。司法が一審の無罪判決を覆し、逆転死刑判決を下した戦後唯一の事件を題材に、東海テレビは本作を含めて7つのドキュメンタリー作品(うち3作品を劇場公開)を世に送り出してきた=本文末尾に作品リスト一覧

 再審を求め続けて半世紀を獄中で過ごした奥西勝死刑囚が、2015(平成27)年10月に89歳で死去。彼が無罪を訴え続けた再審請求は、今年90歳になる実妹が引き継ぎ、現在も第10次再審請求が名古屋高裁で審理中だ。

 

©東海テレビ放送(左の写真も)

【名張毒ぶどう酒事件とは】1961(昭和36)年、三重県と奈良県にまたがる葛尾で、村の懇親会で振る舞われたぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した。死因はぶどう酒に混入した毒物による中毒だった。事件から6日後、逮捕された35歳の奥西勝が犯行を認め、「妻と愛人との三角関係を清算するためだった」と自白した。しかし初公判で奥西は一転して無罪を主張、「自白は強要されたもの」と訴えた。一審の津地裁が下した判決は証拠不十分で無罪。しかし二審の名古屋高裁では死刑判決。最高裁が上告を棄却し、72(昭和47)年、奥西は確定死刑囚となった。その後、奥西は独房から再審を求め続けたが、2015(平成27)年89歳で死去した。「兄の無罪」を信じる実妹が、第10次再審請求を引き継いでいる。

 

取材する鎌田麗香監督 ©東海テレビ放送

 齊藤監督は「奥西さんが亡くなったこともあり、この事件をテーマにしたドキュメンタリーは今回が最後になるだろうと思って制作してきた。だから本作はこれまでの6作品の集大成ともいえる。前作の監督を務めた鎌田が『今回は村を描こう』とアイデアを出し、第1作以来約30年ぶりに村に焦点を当てて取材することになった。ドキュメンタリーの現場では1日取材しても、カメラを回す時間はほとんどない。正直なところ、村の人たちは被害者だし、事件のことを早く忘れたいと思っているから、取材者は歓迎されない。僕自身100回以上は村に入っているが、村の人たちからなかなか話を聞き出せなかった。鎌田は村の人たちと一緒に農作業を手伝ったりしながら丁寧に人間関係を作り、粘り強く言葉を引き出した」と話す。

 劇場公開前、昨年4月に東海地区で本作のダイジェスト版『眠る村~名張毒ぶどう酒事件 57年目の真実~』(77分)が放送され、視聴者からは「こういう村で事件が起こったということを初めて知った」という反響が寄せられたという。

 東海テレビには、この事件を取材した40分のテープが2,000本以上あるという。その分厚い取材は、組織だからこそ可能になった仕事だろう。テレビ放送第1作のディレクターで本作では監修を務めた東海テレビOBの門脇康郎さんは取材の難しさを次のように記している。「もし奥西勝さんが犯人でないとするなら、それは葛尾の村にとってあってはならないこと」。必然的に口も重くなる。にもかかわらず取材を続けられたのは「死刑判決を下すには、一点の曇りもあってはならない」という信念があったからだという。

 門脇さんから監督を引き継いだ齊藤監督も「3代目の鎌田をはじめ、一連の作品制作に様々な形で関わった人たちは全員、自分なりに事件について調べるプロセスを経て、えん罪の可能性が極めて高いと納得した上で取り組んできたと思う。樹木希林さんは実際に葛尾にも足を運び、村の人たちと話もした」と言う。

阿武野勝彦プロデューサー

 阿武野勝彦プロデューサーは本作を「私たち(東海テレビ)の一番大切な背骨となる作品」と語り、ナレーションを担当した俳優の仲代達矢が、完成版の試写を見た後「ニッポンの深層が見えます。このドキュメンタリーにかかわることができて誇りに思います」と伝えてきたと明かした。

 仲代さんの言う“ニッポンの深層”とは何を指すのだろう?「今回は『眠る村』というタイトルで閉鎖的なムラ社会を描いた。だが、村の人を悪者にしたい映画ではない。真実にフタをして自分たちに都合のいいように生きている。そんな閉鎖的なムラ社会は葛尾に限ったことではなくて、裁判所や会社、ご近所、日本中のいろいろなコミュニティーにあるのではないかと問い掛けたかった」という齋藤監督の言葉にヒントがありそうだ。

©東海テレビ放送

 タイトルとテーマは重いが、見終わった後は不思議と暗い気持ちには陥らない。山間の村だからこそ息づいていた互助の精神の発露が、不幸な事件によって断たれた。それからの村人たちの歳月と、奥西死刑囚とその家族の歳月。膨大な時間を考えると気が遠くなりそうだが、その中に埋もれさせてはならないものがきっとある。「再審請求が続く限り取材は続ける。鎌田は現在育休中なので、取材続行が困難となれば誰かが4代目として引き継ぐかもしれない」と語った齊藤監督の言葉の中にも、大切な何かの存在がほの見える気がした。

 関西での公開は3月2日(土)から第七藝術劇場、京都シネマで。順次、元町映画館でも公開される。

 【3月2日初日トークショー】京都シネマでは9:20の回上映後に齊藤潤一監督、阿武野勝彦プロデューサーが登壇。第七藝術劇場では14:10の回上映後に齊藤潤一監督と鎌田麗香監督が登壇予定(育休中の鎌田監督は名古屋で行われたトークショーでは赤ちゃん連れで参加したそうだ)。

 

【東海テレビ制作の「名張毒ぶどう酒事件」を題材にしたドキュメンタリー作品リスト】

1「証言~調査報道・名張毒ぶどう酒事件~」1987年6月29日放送(ナレーション:佐藤慶 取材・構成:門脇康郎) 再審請求をしている死刑囚について書かれた「魔の時間 六つの冤罪事件」(1976筑摩書房、青地晨・著)を読んで衝撃を受けた門脇さんが78年から続けた取材をもとに制作。

2「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」2006年3月19日放送(ナレーション:渡辺いっけい ディレクター:齊藤潤一) 2005年に門脇さんの取材を引き継いだ齊藤さんが、先輩が下した判決を覆そうとしない裁判所や自分たちに不利な証拠を提出しない検察を批判した作品。放送から半年後の06年12月、名古屋高裁は前年4月に出した再審開始を取り消した。

3「黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~」2008年2月23日放送(ナレーション:原田美枝子 プロデューサー:阿武野勝彦 ディレクター:齊藤潤一) “証拠の王”といわれる自白とえん罪の親和性に焦点を当てた作品。

4「毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~」2010年6月19日(ナレーション:仲代達矢 プロデューサー:阿武野勝彦 ディレクター:齊藤潤一) 弁護団長の動きを追いながら事件の真相に迫った。

5「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」2012年6月30日放送(2013年2月16日劇場公開)(出演:仲代達矢、樹木希林、天野鎮雄、山本太郎 ナレーション:寺島しのぶ プロデューサー:阿武野勝彦 監督・脚本:齊藤潤一) 事件をドラマ化した東海テレビドキュメンタリー劇場第5弾。奥西勝役は仲代達矢。

6「ふたりの死刑囚~再審、いまだ開かれず~」2015年7月5日放送(2016年1月16日劇場公開)(ナレーション:仲代達矢 プロデューサー:齊藤潤一 監督:鎌田麗香) 2014年から取材を引き継いだ鎌田監督は、袴田事件の袴田巌さんの日常に密着することで、塀の中の奥西死刑囚の心情や苦しみを表現した。東海テレビドキュメンタリー劇場第9弾。放送の3カ月後に奥西死刑囚が獄中死。

 




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