日本国憲法の“基本のキ”と女優たちの原爆朗読劇に込めた思いとは?~井上淳一監督「誰がために憲法はある」4/27(土)公開~

「元号が変わり、現行憲法最後の憲法記念日になるかもしれない時に、憲法の映画が一本も上映されていないなんて、映画に関わる者として座視できないと思った。わが師・若松孝二は『映画を武器に世界と闘う』と言ったが、もし若松がこの時代に生きていたら、決して何もしていないということはないはずだと思った」と話す井上淳一監督=4月22日、大阪市内で

 改憲への危機感を覚えている人たちが、何をやっても変わらないと閉塞感を覚えてしまっている状況を打ち破りたい――。そんな明確な意図を携えて井上淳一監督(53歳)が制作したドキュメンタリー映画「誰がために憲法はある」(69分)が、4月27日(土)から全国でロードショー公開される。関西では同日、第七藝術劇場と京都シネマで公開。順次、元町映画館での公開も控えている。井上監督は言う。「憲法を変える・変えないという議論の前に、日本国憲法の“基本のキ”を、できるだけたくさんの人に知ってほしいという思いがあった。この映画は、ふだん届かない人にも届けていきたい。映画を見て自主上映を企画したいという人があったら、ぜひ連絡してほしい」

 

 映画は、今年87歳になる女優・渡辺美佐子の12分間に及ぶモノローグで始まる。井上ひさし、永六輔、立川談志らも絶賛したお笑い芸人・松元ヒロの「憲法くん」。日本国憲法を擬人化し、子どもが聞いてもわかる平易な言葉で語る「憲法くん」は、憲法の大切さを伝えたいと松元が20年以上にわたってユーモラスに演じ続けている作品だ。

 「わたしというのは、戦争が終わった後、こんなに恐ろしくて悲しいことは、二度とあってはならない、という思いから生まれた、理想だったのではありませんか。わたしの初心、わたしの魂は、憲法の前文に書かれています」という語りの後、渡辺美佐子は憲法前文を一気に暗唱する。

 戦後、焦土に生き残った日本人たちはみんな確かに「二度と戦争は嫌だ」と思ったはずだ。俳優・柄本明の自宅の地下にある東京乾電池のアトリエでの収録後、渡辺は「戦争を知る世代として、再び戦争の悲劇がこの国に起こらないように、魂を込めて演じた」と話したそうだ。

 

©「誰がために憲法はある」製作運動体

 井上監督は「この映画は美佐子さんに導かれてできたたようなもの」と語るが、続いて紹介されるのは、渡辺の淡い初恋のエピソードだ。名前も知らなかったその子が疎開先の広島の原爆で亡くなっていたと知ったのは、戦後35年目1980年のことだった。

 85年、渡辺が中心メンバーの一人となり、ベテラン女優たちが原爆朗読劇をスタートさせ、現在まで33年間上演を続けている。当初は地人会主催で「この子たちの夏」というタイトルで始まり、地人会解散後の2007年からは、出演していた女優たちが「夏の会」を結成。自分たちで営業し、上演会場や宿泊、音響・照明スタッフの手配、チケット売りまで慣れない裏方仕事をすべて引き受けて原爆朗読劇「夏の雲は忘れない」を続けてきた。

©「誰がために憲法はある」製作運動体

 劇に参加し、映画に登場する女優たちは、高田敏江、寺田路恵、大原ますみ、岩本多代、日色ともゑ、長内美那子、柳川慶子、山口果林、大橋芳枝。公開日現在で最高齢の渡辺を筆頭に4人が80代、6人が70代、戦後生まれは山口だけだ。高齢を理由に、今年限りで上演が終わる朗読劇を、昨年7月、西日本集中豪雨の広島で井上監督は密着取材した。

 「朗読劇を撮りたいと話した時『映画に撮って残してもらえるのはありがたい』と美佐子さんは言った。女優さんたちも届かない人たちに届けようと頑張ってきた。何とかしたいという思いはみんな同じだと思う。コメディアンのヒロさんも、女優たち演劇人も、僕のような映画人も危機感は同じで、忘れ去られる危機感、受け継がれない危機感を持って動いている」

 

 この話を取材中に脳裏をかすめたのは、最近ニュースになった上野千鶴子さんの東大入学式での祝辞だ。「あなたたちの恵まれた能力を、どうぞ他の人のために使ってください」(全文はコチラ)

 井上監督は言った。「そう、その話はつながっている。この女優さんたちも明らかに自分たちのスキルを、平和の尊さを伝えるために使わないまま死んでいくことは絶対にダメだと思っている。自分のことを言うのは口幅ったいけれど僕も、映画という表現手段を持っているのに今なにもやらなかったら後悔すると思う。この後10年で、戦争を知る世代がまともに語れなくなる。だから今、各人ができることを自分の立場でやっていくしかない」

 井上監督は続けた。「いつも思うのは人間の想像力は限られているということだ。戦争を体験している美佐子さんでさえ、初恋の男の子が亡くなっていたことを知って初めて(広島の原爆によって亡くなったとされる)約14万人が単なる数じゃないと具体的に思えた。それぐらい人間の想像力は及ばない。想像力が及ばないなら、戦争の悲惨さを知るしかない。情報があふれる世の中で、知らないことは罪ですよ。朗読劇を見た子どもたちは『私は広島に生まれてよかった。平和教育もあるし、こういう貴重な経験もさせてもらえる。ただ世の中には平和の大切さをわかっていらっしゃらない方がいらっしゃるので、私たちは広島に生まれた子として、何とか平和の大切さを伝えていきたい』と言っていた」

 

 ラストシーン。広島の平和資料館内を歩く渡辺のバックに低く流れるメロディーに聞き覚えがあった。「あれは頭脳警察の『さようなら世界夫人よ』ですよね?」

 「よくわかりましたね! 音楽はPANTAさんに依頼した。歌詞を入れるかどうか悩んでいたら、PANTAさんは『せっかく前文の言葉があるから、ここはインストゥルメンタルで。ヘルマン・ヘッセの詩とけんかするから』と。この曲は、さようならと言いながら、どこかに希望がある。もう一曲、憲法前文を語る美佐子さんのバックに流れているのは『鳥の歌』。チェリストのパブロ・カザルス(1876-1973)が1971年に国連で演奏した時に、スペインのカタルーニャ地方の鳥たちはピースピースと鳴くんですとスピーチした曲です」

 どちらも尺合わせで編集していないが、映像の長さとピッタリと合ったそうだ。

 

【井上淳一監督トークショーのお知らせ】4/30(火・祝)京都シネマ11:55の回上映後、第七芸術劇場14:30の回上映後。公式ホームページ www.tagatame-kenpou.com




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