日本の刑務所を初めて撮影したドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」が注目される理由とは?

関西での初日、坂上香監督のトークショーが行われた=2月8日、第七藝術劇場で

 人間は、変わることができるのだろうか? たとえ罪を犯した人であっても――。日本の刑務所の内部を初めてカメラで撮ったドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」が幅広い世代の観客の注目を集めている。2月8日から公開が始まった関西では、京都シネマと第七藝術劇場での初日、上映後に坂上香監督のトークショーもあり、ともに満席で立ち見が出るほどの人気だった。一体どんな映画なのか?

 

 

 

アメリカの刑務所のドキュメンタリーで注目された監督

 TVドキュメンタリーの世界で活躍していた坂上香監督は、アメリカの刑務所を舞台にした劇場初公開作品「ライファーズ 終身刑を超えて」(2004年、91分)でNew York International Independent Film and Video Festival海外ドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞。2作目の「トークバック 沈黙を破る女たち」(2013年、119分)はLondon Feminist Film Festivalのオープニング作品に選ばれた。ともに「暴力の後をいかに生きるか」をテーマに、刑務所内の受刑者や元受刑者たちにカメラを向けた作品だった。

「島根あさひ」でTCプログラムが行われる部屋 ©2019 Kaori Sakagami

 上映中の「プリズン・サークル」は、官民協働で運営されている「島根あさひ社会復帰促進センター(以下、島根あさひ)」で導入されている更生支援プログラム「TC(セラピューティック・コミュニティ)」に参加する受刑者たちを追った作品だ。

 TCは専門家による一定の支援のもとで当事者同士が語り合う中で互いに影響し合い、新たな考え方や価値観、生き方を身につけていこうとするもの。日本語では「治療共同体」と訳されることが多いが、映画で坂上監督は「治療」という言葉が内包する「医師」と「患者」の非対称な関係性を避けるため、TCを「回復共同体」またはTCと表現している。

 2000年代後半に開設された新しいタイプの刑務所「島根あさひ」へのTC導入は、監督の映画デビュー作「ライファーズ」を、刑務所関係者が劇場で見て関心を持ったことがきっかけになったという。この映画は、殺人や強盗を犯した人たちが、犯罪歴のある当事者スタッフとTCに取り組むことによって人間的に成長していく姿を追った作品だった。

取材許可まで6年、撮影2年――難航した制作現場

穏やかな語り口が印象的な坂上香監督=2月10日、大阪市内で

 「日本でもTCを始めた刑務所がある」と聞いた坂上監督は当初、全く信じられなかったという。「100年続いてきた監獄法が2005年に処遇法に改正され、更生プログラムが法的に位置づけられたとはいえ、日本の刑務所は相変わらず受刑者たちを処罰する場で、彼らは規律と管理に縛られている。受刑者たちの主体性を重んじ、人間の成長や回復を促すTCのプログラムができるはずかない」

 「ぜひ一度見に来て」と誘われ、気乗りしないまま訪れた「島根あさひ」で、自らの思い込みが間違っていることを目の当たりにし驚いた。「これは映像で記録すべきだ」と考え、すぐに行動に移した。「その時は、これほど長い時間がかかるとは思わなかった」と言うが、取材許可まで6年、撮影に2年、編集に1年余り。昨年の完成までにおよそ10年の月日が流れ、公開にこぎつけるまでさらに1年がかかった。

 その難しさを次のように振り返る。

 「ドキュメンタリーの撮影では、撮られる側と撮る側の信頼関係が欠かせません。人が信頼関係を結ぶには、まず、あいさつしてしゃべることから始めますが、刑務所の中で私たちが直接受刑者や民間人であるTC支援スタッフに声を掛けることは禁じられていて、直接コミュニケーションをとることができませんでした。このことは、お互いに不幸だったと思います」

 坂上監督が当初から強く思ってきたのは「単なる取り組みの紹介映画にはしたくない」ということだった。

 「TCの取り組みを通して、受刑者たちが“人”として立ち現れてこないと、意味がない。信頼関係が結べている手応えが感じられない中での撮影はとてもしんどくて、島根あさひに通いながら、これを映画にすることができるだろうか。無理かもしれないと、ずっと思い続けていました」

撮影最後の月に撮れた奇跡の映像

 それが「ひょっとしたら映画にできるかもしれない」という思いに変わったのは、今月で撮影が終わるという時だった。

ロールプレイングの場面の1シーン ©2019 Kaori Sakagami

 その日撮影したTCプログラムは、ロールプレイング。一人の受刑者が中央に座り、その周りを他の受刑者が取り囲む形で進める。中央の受刑者は自らが犯した罪を加害者本人の立場で語り、その周囲の受刑者たちは被害者やその家族、加害者の家族の立場に立って、それぞれの思いを加害者にぶつけていく。いくつかのやりとりの後で、中央の受刑者が言葉を失い、うつむいて嗚咽し始めた。映画で見たそのシーンは、今までの自分が足もとから崩れていくような感覚を味わっているように見えた。

砂絵のアニメーション監督は若見ありさ ©2019 Kaori Sakagami

 

 そして迎えた撮影最終日。刑務官の立会いの下で毎回の撮影後に行われていたインタビューで、奇跡のような言葉が受刑者から発せられた(これから映画を見る人のために、ここには記しません。ご容赦ください)。坂上監督は断言する。「あの2日間の撮影ができたことで、できるかもしれないと思えるようになった」。出来上がった映画には、4人の受刑者たちが私たちの眼前に体温を伴った“人”として立ち現れてくる。彼らの回想に基づいて子ども時代を描く砂絵のアニメーションも秀逸だ。

「傷ついた人たちの回復に心を寄せるすべての人に見てほしい」

 服役中の受刑者は全国で約4万人。受刑者は収容される施設を選ぶことはできない。犯罪傾向の進んでいな男性受刑者が約2,000人収容されている「島根あさひ」で行われているTCプログラムには、常時40人前後が参加。3カ月1クールで、週12時間のカリキュラムを受ける。1人の受刑者がプログラムに参加できる期間はおよそ半年~2年。これまでに350人余りがTCプログラムを受けた。ある調査によるとTCを受講した人の再犯率は、受講していない人の半分以下という。

 坂上監督は言う。

 「TCが万能とか理想郷とか言うつもりは全くない。けれども安全といわれる日本社会は、犯罪を犯した人たちを隔離して厳罰に処すべきだという声が大きすぎて、彼らの回復に関心がなさすぎるのではないか。この映画を、臨床心理士や社会福祉士、学校の先生、親達など、傷ついた人たちの回復に心を寄せる、すべての人に見てもらって考えてほしいと願っています」

「プリズン・サークル」の上映時間は136分。終映日未定。詳しくは公開中の劇場ホームページで確認を。

 第七藝術劇場 http://www.nanagei.com/

 京都シネマ https://www.kyotocinema.jp/

 【おまけの情報】坂上香監督作品最新作「プリズン・サークル」の公開を記念して3月7日(土)~13日(金)にシアターセブンで「ライファーズ 終身刑を超えて」と「トークバック 沈黙を破る女たち」の上映が予定されている。詳しくばシアターセブンのホームページで近日発表。http://www.theater-seven.com/

【取材を終えて】映画を見終わった私の脳裏に、昔読んだフランソワーズ・サガンの小説「冷たい水の中の小さな太陽」(だったと記憶しているが)で、主人公の女性が恋人に言った言葉が鮮明によみがえってきた。「人生は、右の手で受け取ったものを、左の手で誰かに渡すことよ」。折に触れて思い出す言葉の一つだが、人は人との関係性の中でしか生きられない。体験したある出来事をどうとらえるか。たとえ同じ出来事に遭遇したとしても、物事の意味は人それぞれ異なる。人は意味にまみれた存在で、その意味を繰り返し確かめながら生きている。他者の言葉に耳を傾け、その視点に気づくことで、私たちはより豊かに人とつながり、生きていくことができるのではないだろうか。そんなことをぼんやりと考えた。(大田季子)

 




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