日本海の離島・飛島の平成最後の1年を記録した映画「島にて」6/19(金)から関西で劇場公開

彼方に見える山影は鳥海山(©『島にて』製作委員会)

山形県の酒田港から1日1便の定期船で75分。北西39キロの沖合にある飛島(とびしま)の平成最後の1年間を記録したドキュメンタリー映画「島にて」が、6月19日(金)から関西で劇場公開される(仮設の映画館 https://www.temporary-cinema.jp/ では公開中)。新型コロナウイルス感染防止策として3密(密閉・密集・密接)回避が呼び掛けられているが、3密とは対極にある島の日常は、コロナとの共存を模索しなければならない私たちに何を教えてくれるのか……。

飛島は周囲約10キロ、面積2.75㎢の小さな島だ。勝浦、中村、法木の3つの集落があり、140人が暮らしている。この映画は、「ただいま それぞれの居場所」(2010年)で文化庁映画賞<文化映画記録大賞>受賞、東日本大震災の被災地をルポして2011年6月にいち早く公開した「無常素描」などで知られる大宮浩一監督(61)が、神奈川出身の田中圭監督(33)と共同で監督した作品だ。「なぜ飛島の映画を?」との問いに、大宮監督は次のように答えた。

大宮浩一監督(提供:東風)

「父が転勤族で子どものころ全国を転々としたが、高校3年間は山形県で過ごしたので、県内唯一の有人離島、飛島の存在は知っていた。育ててもらった山形の映画をいつか撮りたいと思ってきたが、平成という時代が終わり、新しい日本的な時間が始まるタイミングで、私もたまたま還暦を迎える。昭和を30年、平成を30年生きてきたことになると気づき、個人的な節目にあたる今こそ、山形の映画を撮るべきではと思い始めた。そんな中で、飛島小中学校で教員をしている高校の同級生から、たった一人の生徒が卒業して学校も休校になってしまうと聞き、飛島が気になりだしてきた。それで、後でやっぱり撮ればよかったなと思わないように、まずは行ってみようと2018年4月から飛島での撮影を始めた」

大宮監督の前作「夜間もやってる保育園」(2017年)に監督補として参加した田中監督は「島に行くぞ」と誘われ、同行した。「少しは調べたのですが、事前の情報をあまり知らなくて、もっと観光地なのかと思ったら、定期船の着く勝浦から離れていくと、昔ながらの漁港が広がっていて、絵になるなと」。それが島の第一印象だった。

大宮監督の同級生は転任で島を離れたため映画には登場しない。ただ、「4月からこういう映画のチームが来るかもしれない」と申し送りをしてくれていたのでスムーズに撮影に入れたそうだ。その時の思いを大宮監督は次のように話す。

「私の中では時間軸として学校の1年を撮り続けたいという思いがあった。もう一つは、若い人たちが作っている『合同会社とびしま』という組織があることは知っていて、事前にやりとりして協力いただくことになっていた」

田中圭監督(提供:東風)

それ以外に登場する島のお年寄りたちは田中監督が直接、声を掛けていったそうだ。

映画には若い視点も取り入れたかったと話す大宮監督は「田中監督の初監督作品『桜の樹の下』(2015年、第71回毎日映画コンクール<ドキュメンタリー映画賞>受賞)は、今回とは違った意味での限界集落、神奈川県川崎市の市営団地に住む一人住まいのお年寄りを追った僕の好きな映画だ。それを見て、田中監督のお年寄りへの接し方、コミュニケーションのとり方に期待した。さらに前作の途中で僕が体調を壊したこともあり、もし万一僕の身に何かあっても1年間撮り続けるという企画意図を全うでき、映画を作り続けられる」と振り返る。

まずは始業式があった4月、3地区の例大祭を、自己紹介がてら撮影して回った。田中監督は「飛島自体はテレビの取材が結構来るらしく、勝浦地区の人たちから『何テレビだ?』と聞かれたり、漁師さんから『今日は漁には行かないよ』と声を掛けてもらったりした。飛島のおじいちゃん、おばあちゃんと話すのは、祖母と話すようだった。月に1回1週間ずつ行く計画だったが、冬になると海が荒れて定期船が欠航。2月後半からの1カ月はずっと島にいた。だから、平成最後の1年はほとんど島生活。スーパーもない島で買い物にも行けない。やったことのなかった釣りや山菜取りをして、見たこともないもらった魚をさばいたりもした」そうだ。映画には、そんな島時間がゆったりと流れ、そこに暮らす人々の等身大の姿をまっすぐに伝えてくれる。その一人ひとりが個性的で、豊かな表情を持ち、なんといきいきとしていることか。

©『島にて』製作委員会

それにしても――。島のお年寄りたちは病院もない飛島に、なぜ暮らし続けているのだろう? 「漁師にだけはなるな」「島には帰って来るな」と親から言われ、一度島を出て戻ってきた人たちや、移住してきた若い人たちは、どうしてここにいるのだろう? 大宮監督に「撮影を通じて、何かその答えになるようなことを感じましたか?」と聞いてみた。

すると、予想外の答えが返ってきた。

「撮影の時に田中監督とカメラマンに、飛島での取材では、『なぜ?』『どうして?』と聞くことをやめてみようとお願いした。僕らが想像するような答えを言葉でもらって安心したくない。敢えて聞かないで、私たち自身が考えたり想像したりすることを積み重ねて映画を作ることで、映画を見る人にも一緒に想像してもらえるのではないか。言葉ではなく、映像を通じて提示するというか、感じてもらいたかった。もちろん答えが決まっているわけではないので、僕と田中監督、スタッフ同士でも受け取り方はバラバラ。観客も一人ひとりバックグラウンドや生活歴によってどう感じ取るかが変わってくるでしょう。

©『島にて』製作委員会

それで、思うんです。僕らは映画という織物を作っている。まだまだできていないのかもしれない。出てくれた人たちの言葉や島時間が縦糸だとしたら、僕らは本当に弱い横糸です。いろんな人が映画を見てくれることで横糸を補強してもらって、それぞれの織物が織り上がる。映画は見た人がどう受け取るかで、その人にとって初めて完成するもの。そこに制約がある映画にはしたくなかった」

そして断言した。「平成最後のたった一年ですが、ある瞬間の飛島に、1年は通ったんだという控えめな自負を持ちながら作った映画です。今までで一番好きな映画になりました」

「この映画を撮ることで何か大事なことを学びましたよね?」と尋ねると、田中監督は「確かに大事なことを学んだとは思うが、それが何かにはまだ気づけていない。これから長い間に、飛島のことを何回か思い出すことでわかるというか……。まだ咀嚼中な感じです」と言葉を選びながら語った。

そう、咀嚼中。映画を見た私も咀嚼中だ。あれは一体何だったんだろう? これはどうなっていくんだろう? 頭の中は疑問符だらけだが、その無数の問いに唯一の正解はない。人それぞれが持つ答えのバリエーションの豊かさに気づく時、私たちはきっと優しいまなざしを手に入れて、誰かと寄り添いながら生きていける存在になれるのかもしれない。

 

【上映情報】6月19日(金)から京都シネマ、20日(土)から第七藝術劇場、順次、元町映画館で公開。公式ホームページ https://shimanite.com




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