チューリップテレビのドキュメンタリー映画「はりぼて」が「恐るべきコメディ」と評される理由とは?

2016年の夏の終わりから秋にかけて、保守王国・富山市で市議の政務活動費の不正流用が報じられ、結果的に14人の市議がドミノ辞職した。不正発覚の手掛かりとなった白紙領収証問題は全国各地に波及、日本中が騒然となった。その後、事件の発端となった富山市議会はどうなったのか? 事件を伝えた記者たちは? 最初にスクープ報道したローカル局、チューリップテレビが、その後3年間の取材を重ねて初めて製作したドキュメンタリー映画「はりぼて」が全国でロードショー公開されている。関西では8月22日(土)から第七藝術劇場、9月4日(金)から京都みなみ会館、10月24日(土)から元町映画館で公開が予定されている。

服部寿人プロデューサー(左)と五百旗頭幸男監督=8月7日、大阪市内で

スクープ当時、報道制作局長だった服部寿人プロデューサーは「僕たちがあれほど精魂入れて世に出した問題提起のその後はきちんと伝えるべきだという思いがあったので、どうしても映画という形にしたかった」と言う。

昨年1月に映画化を会社に提案、4月に許可が下りて、製作に入ったのは8月末。12月にはほぼ形が出来上がった。全国を視野に東京から上映しようと、今年3月、埼玉県川口市のSKIPシティで完成披露試写会を実施。6月からの公開予定が新型コロナウイルスの影響で延期され、8月16日東京ユーロスペースで公開が始まった。初日は4回上映の全回が満席。舞台あいさつに登壇した富山県出身の映画監督、本木克英さんは「大変な問題作で、恐るべきコメディ」と絶賛したと速報された。

 

資料を示して市議を取材中の砂沢智史監督(左)と五百旗頭幸男監督(©チューリップテレビ)

監督を務めたのは、スクープ当時、記者・キャスターだった五百旗頭幸男さんと富山市政記者だった砂沢智史さんだ。五百旗頭監督は今年3月に退職し、現在は別のローカル局に勤務。砂沢監督は昨年10月に社内で異動になり、報道現場を離れた。映画には、その様子も描かれている。

五百旗頭監督は言う。「誤解のないように言っておきますが、この映画および富山市議会の一連の取材に関して、会社の上層部や自民党から圧力をかけられたことは一切ないです。この映画で僕が描きたかったのは葛藤です。その一つは、組織ジャーナリズムに身を置く人間として僕自身の矛盾、悩み。それを何とか描けないかというのがあった。組織ジャーナリズムの中で番組をめぐって意見の対立はある。僕の中では譲れない一線があるが、経営側や他部署の人間からすると違ったりもする。ある話し合いで落としどころが見つからなかったので、僕はわがままを通させてもらった。僕が報道部長に退職を告げるシーンはその葛藤を表現する手法の一つ。僕がこの表現を選び、今年1月に撮影した。組織ジャーナリズムに身を置く人間としてはある意味ぎりぎりの表現だったと思う。こういう表現にならざるを得なかったことも含めて、僕たちの葛藤を感じてほしい。何があったんですかと聞かれるけれど、そこは言うべきではないと思っている。ただ、それまでガチンコで当局側と対峙してきた記者が、あの場面で発した言葉の意味は考えてもらいたいし、それなりに想像できるものもあると思う。そこは見る人に委ねた。もやもやさせることで深く考えてもらいたいという思いもあった。さらに付け加えて言うならば、僕は次の会社が決まっていたが、服部以下、監督の砂沢、取材チームの皆はチューリップテレビに残る決断をした。その中で会社と向き合ってこの映画を実現させた。そのやり取りは僕も傍で見ていて簡単なものではなかった。しかし、会社は映画を認めた。そこの意味も考えてもらいたい」

 

チューリップテレビ 富山市議会政務活動費不正取材チームのミーティング (©チューリップテレビ)

服部プロデューサーは「僕は製作途中で別の部署に異動になったので細部まではわからなかったが、現場には予想以上の葛藤があった。ラストシーンも含めて、こういう形にすることは結構議論しました。作品としてどうなのか、何を伝えたいのか。そこは全くタブーなしで互いの意見をぶつけた。元来、記者やディレクターは頑固なもの。自分もそうだから、よくわかる。議論を通じて、何を描きたいのかをプロデューサーとして納得して、自分の中で整理がついた。映画づくりにおいて監督はプロデューサーより上。普段から報道局長よりも記者やデスクの方が偉いと思ってきたので、最後は現場の判断が尊重されるべきだと考えていた。伝えたい思いを貫き通してきた現場は非常に頼もしかったし、不正報道の取材が燃え盛るときはイケイケどんどんで何も怖いものがなかった。でも4年後に問題を掘り下げていった時には勢いがなくて、議員の言い逃れを切り崩せない。なんで辞めないの? なんでこれが許されているの? そういうジレンマもあったので、それらを含めて、この映画を見る人が考えるきっかけになればいいと思う。富山という田舎で起きたことだが、ここで起きたことには普遍性がある。もしかしたら国の政治やマスメディアにとっても象徴的なことなんじゃないか」と話す。

五百旗頭監督は続ける。「いまメディア不信がすごく高まっているのは、伝える側の記者、メディアが聞かなければならないことを聞かないから。自分は安全地帯にいて火の粉がかからないように無難な質問をする。そういった取材スタイルが見えちゃっているから不信が高まっている。僕たちはこの映画を作るにあたって、自分たちの覚悟を示さなければならないと思っていた。安全地帯から出てリスクを取って、この映画を作った。とりわけチューリップテレビに残ったスタッフの覚悟と信念というのは、安全地帯にいる人たちと違うものであるのは間違いない。同業他社の人がこの映画を見て『こういったことはうちではできません。無理です』と言う。それはおかしい。無理ですではなく、やろうとしないだけ。覚悟を決めてやってみれば、できることは絶対ある。最初からあきらめていてはできないし、それだと市民から信頼されるメディアにはなれない」

 

地元メディアが地元の“恥部”を全国に発信することにためらいはなかったのか? やっと収まったのに……と思っている元市議らの立場もあるはずだが? 五百旗頭監督は言う。

情報公開請求で開示された政務活動費の支出伝票は約9000枚に及んだ。通常業務終了後にチェックする砂沢智史監督(左)を中村成寿報道部長が手伝った。地道な調査報道が大スクープにつながった(©チューリップテレビ)

「そこはとても砂沢が危惧したところだ。刑が確定した人もいるし、一市民に戻っている。だけど、彼らが公人時代にやったことは、時が過ぎたからといってその事実は消えない。4年前に半年間のスパンで描いたドキュメンタリー番組と、4年のスパンで描くドキュメンタリー映画と、どちらが本質を描いているかというと、もちろん今回の映画だ。本質を描くパーツとして、発端は欠かせない。だから、もう私人に戻っているからといって、そこをカットするという判断は僕にはなかったし、そうすべきではないと思った。それよりも、今の何も変わっていないひどい状況をキッチリ世に提示すべきだと思うし、そこで考えてもらわなければならないと思ったので、ためらいはなかった」

服部プロデューサーは「砂沢は相手の立場を慮ることをすごく言う。それは記者として市民として普通のことだと思う。うちの記者はそういうやつが多いが、普通の市民感覚を持って『やっていいんだろうか?』というところから始まっている。でも、それを超えて、この問題はきちんと伝えなければならない。ほじくり返すというよりも、この問題はまだ終わっていないし、本質が変わっていないということを言い続けなければならないという思いが、砂沢の中でも勝ったんですね。本人も悩んだ末、伝える意味を見いだし、やるべきだと。

最初に砂沢がこのスクープを持ってきた時も『こんなことを報道したら会社に不利益が生じるんじゃないか』と、本当に素直に心配していた。だからむしろ僕は砂沢のような人の痛みがわかる人間が取材して、本当に良かったと思っている。別に議員を辞めさせるために取材をしてきたわけではない。素朴な疑問を解き明かそうとしただけだ。五百旗頭も根っこは一緒だ。彼らの取材相手が、たまたま議員や行政マンだったわけで、相手の人間性の深いところまで見て取材して作るというのは大事なことだと思う」と補足した。

記者会見で質問する五百旗頭監督。「事件が注目されている時は寄ってたかって取材するが、ある分岐点で扱いが小さくなる。さらに各メディアの担当者が変わり、それまで取材した蓄積が引き継がれず、会見に出てくる記者の質問も薄くなり、追及も甘くなる。権力側はそこを利用し、会見は開くが『その場さえしのげば大丈夫。メディアはその後追及してこない』と高を括っている。メディアが甘く見られている現象は、富山だけではなく、どこででも起こっていることでしょう」(©チューリップテレビ)

砂沢監督について五百旗頭監督がさらに続けた。「彼はもともと営業畑の人間で、人事異動でやってきて記者経験が2年しかなかった。ところがスイッチが入ると誰よりも正義漢になるというか、強い質問をする。すごいのは、ひたすら物腰柔らかく淡々と、相手に警戒感を与えないで質問できること。僕も見習わなければと思いつつ、いつも失敗してしまう。結構えぐいことを聞いているのだが、物腰柔らかく淡々と聞いているから相手はつい答えてしまう。どんな不正疑惑がある人でも、相手をリスペクトして敬意を払って、上から目線ではなく、むしろ下から行くような感じで引き出してくる。その姿勢というのは、メディアに対して突き付けられた課題でもあると思う」

 

1990年に開局したチューリップテレビは、政務活動費をめぐる一連の調査報道および2016年12月に放映したテレビ番組「はりぼて~腐敗議会と記者たちの攻防~」に対して、2017年度の日本記者クラブ賞特別賞、ギャラクシー賞報道活動部門大賞、日本ジャーナリスト会議賞、菊池寛賞などを総なめにした。五百旗頭監督は言う。「今回の映画は2016年に放映したテレビ番組の続編。番組は評価されたけれど、議会の本質は変わっていないし、自分たちは何も変えられなかったという無力感を味わっている。僕自身は自分のわがままで仲間を裏切った形になったので、自分自身に対する気持ちもタイトルに込めた」

 

果たしてドキュメンタリー映画「はりぼて」が、あぶりだすものとは何か? 富山市政の報道現場の映像は、どこか既視感が漂い、このところ見慣れたテレビニュースの映像の数々を連想させる。その二重写しから私たちは何を受け取らなければならないのだろうか? 映画公開に合わせて岩波書店は2017年5月に出版した「富山市議はなぜ14人も辞めたのか――政務活動費の闇を追う」(チューリップテレビ取材班・著)を再版した。映画を見て、じっくり考えてみたくなったら、ぜひ読んでみてほしい。(大田季子)

 

映画「はりぼて」公式ホームページはコチラ https://haribote.ayapro.ne.jp/

 




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