人気ドキュメンタリー番組MBS「映像」シリーズ映画化第2弾「教育と愛国」5/13(金)から全国で公開

「ポスターとチラシに使っている学習机はミニチュアです。ガサッと壊されてしまいそう。教育をオモチャにしないでなど、いろいろな意味を込めました」と話す斉加尚代監督。斉加さんの取材姿勢を30年近く身近で見てきた、本作のプロデューサー澤田隆三さんは「取材相手が誰であれ、彼女は『ひるむ』ということを知らない」と称えた=4月13日、大阪市内で

毎日放送報道情報局ディレクターの斉加尚代さん(西宮市在住)が初めて手掛けたドキュメンタリー映画「教育と愛国」が5月13日(金)から全国で公開されている。関西では13日から京都シネマ(阪急烏丸)、14日(土)から第七藝術劇場(阪急十三)で。7月16日(土)からは元町映画館(JR・阪神元町)での上映も決まっている。斉加尚代監督に映画化への思いを聞いた。

ディレクターとして年間3本のテレビドキュメンタリー番組を作ってきた斉加さんが、2017年7月に放映したMBS「映像’17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか」をもとに、様々な人への追加取材や発掘したニュース映像を盛り込んで映画化した。テレビ版は大きな反響を呼び、第55回ギャラクシー賞テレビ部門大賞、第38回「地方の時代」映像祭優秀賞に輝いた。

MBS「映像」シリーズの映画化は3.11の南三陸町を舞台にした「生き抜く」(2012)に続き、本作が10年ぶり2作目。

 

【斉加尚代監督インタビュー】

本作の劇場公開がヤフーニュースで流れた2月24日にロシア政府軍がウクライナに侵攻しました。偶然ですが戦慄を覚えました。

教科書で戦争の被害と加害をどう記述して、どう子どもたちに伝えていくか。戦争を二度と起こさないために次の世代にどう伝えるか。そんな教育をテーマに取材をしてきた中で、全世界が侵略戦争を目撃した。何の罪もない人たちが命を奪われているという事態に直面して改めて、教育はとても大事ではないか。もし教育が権力を代弁する道具になってしまったら、その先に待っているのは何だろう。そういった教育の変化の小さな芽を見逃してはいけない。そう思って、この作品を作ってきたのだという思いを新たにしました。

「教育」をテーマに30年取材する中で変化に気づく

1990年代から教育問題をテーマにして取材をしてきました。最初は「保健室登校」など、現場の先生を取材して夕方のニュースで取り上げたりしていました。教育現場の取材では、その時々で「あれ?」と思う変化がありましたが、今から思うと大きな転機を迎えたのは、大阪にいわゆる“維新政権”が誕生した時だったと思います。その象徴的な出来事としてシンポジウムのニュース映像を映画に盛り込みました。

教室での取材もだんだん難しくなってきた

当時、人気絶頂だった橋下徹大阪府知事が「大阪の校長先生はダメなんだ。低い評価の先生がのさばっている」と言い出して2011年に教育基本条例案をまとめました。12年2月に本作にも登場する「教育再生民間タウンミーティングin大阪」というシンポジウムが開かれ、下野していた安倍晋三氏と橋下氏から知事のポストを受け継いだ松井一郎氏が「お互いに政治の力で教育を変えていきましょう」と握手する場面がありました。

そのシンポジウムは翌日から大阪府議会が始まるタイミングで開かれ、この府議会で教育基本条例を可決するぞという決起集会でした。「政治主導になり切らないように、何とか抵抗しよう」と事務局提案を用意して必死に攻防していた当時の大阪府教育委員会の人たちは、この決起集会を、戦々恐々として見ていました。

結果的に維新の条例案は可決され、これを機に大阪が、政治と教育の距離を縮める“先兵”のような役割を実績として作っていくことになったのです。

戦争の反省のもとに目指したはずの教育が違う方向へ

教育の変化はそれ以前、2006年の教育基本法の改正(改悪、とはっきりおっしゃる人もおられますが)から顕著になってきたと思います。

教科書検定制度の取材が困難にぶつかる中で「表現の不自由展かんさい」の場面を入れることになった。「教科書に自由に用語が使えない」ことと「公の会場で自由に展示ができない」というのはつながっている。どちらも自由を狭める同調圧力ではないかと自分の中でつながった(斉加監督)

旧教育基本法を前文から読めば、「国家権力、権威に従ったことで人々が不幸になった」と歴史的事実を読み取れるように書いてあったと思います。だから、平和を築くには「教育の力に待つべきものである」と。その言葉は戦前、教育で失敗して戦争に至り、人々が権力の言いなりになって、一人ひとりの国民の暮らしや命が奪われたことへの反省を込めていると私は感じ取っていました。

その文面を削除して全面改正した頃から本来、戦争の反省のもとに目指したはずの教育と違う方向に走り出したのではないかと思います。ただ、教育というのはすぐに変化が現れるものではありませんから、条文が手直しされたとしても、すぐ現場の先生や子どもたちが変わるわけではない。

けれども2006年の教育基本法の改正に続き、節目としては2014年の教育委員会制度の見直し、同じ年の教科書検定基準の改定……。

次々と法律が変わるたびに、本来、教育に埋め込まれていたあるべき姿が、あるべきではない姿に、どんどん変わっているように、私は取材しながら思いました。

教育基本法の改正の時も、教育委員会制度を変える時も、反対の声は学者や現場の先生から上がっていたのですが、当時反対していた人たちの想定よりもさらに状況は悪くなっているのではないか。大阪で取材しているから、私はそれに、とりわけ気づいたのかもしれませんが、政治と教育の接近が様々な弊害をもたらしていると感じます。

小さく見える出来事かもしれませんが、それを10年、20年取材の中で整理して検証してみた時に「ああ、こんなに大きな変化をもたらしてしまったのだ」と唖然としました。

もっと多くの人に届けたくて映画化を目指した

自分の中では、同調圧力が強まって声を上げにくい社会の空気に対して「そうじゃないですよ」と番組を作り続けてきたけれど、黙らせる方向へ向かわせる空気が止まらない。それで、持ち場であるテレビドキュメンタリーよりも様々な立場の人たちに届く表現の場が必要なのではないかと考えて映画を作ろうと思いました。

一橋大学名誉教授、東京大空襲・戦災資料センター館長の吉田裕さんは教科書検定をめぐって自由な記述ができない事態に直面。長年続けてきた教科書執筆を断念した
新たに取材した一人は、吹田市立の中学校で社会科を教える平井美津子さん。慰安婦問題を授業で取り上げたことが新聞で報道され、SNSなどで非難された
大阪大学大学院教授(今年3月で定年退任)の牟田和恵さんも新たに取材した一人。衆議院議員杉田水脈氏を相手に「国会議員の科研費介入とフェミニズムバッシングを許さない裁判」を研究者3人とともに提訴。まもなく京都地裁で判決が下りる予定だ

企画書提出から1年、社内でようやく映画化が承認されましたが、予算もすごく限られていたので、どこまでできるか。私のドキュメンタリーの作り方は、最初から着地点が見えていて台本があったりするものではなくて、テーマに即したいろいろなことを掘り進む中で、最終的に一つの作品に仕上げていく手法ですから、テレビ版「教育と愛国」があって、そこからどう膨らませるかは、どれだけ取材協力が得られるかにかかっていました。

結果としては、もう1本テレビドキュメンタリーを作るぐらいの取材で、ちょうど107分の映画になったのですが、当初は、教科書検定基準の舞台裏をもっと詳しく描きたいと思っていました。

困難を極めた教科書をめぐる取材

元教科書調査官、教科書会社の編集者、次々にお手紙を出したりメールをしたりして「ぜひインタビューを受けてください」と交渉したのですが、全然受けていただけませんでした。また、日本の教科書のクオリティーの高さを示すために、印刷場面を撮りたいと大手の教科書会社に申し込んだのですが、次々に断られました。断り方はコロナを理由にされたり、親会社や発行元の許可が取れないと言われたり、取材を受けるだけで中立性が疑われると言われたり。とにかく取材はしにくかったです。

日本の教科書は紙質もよく、丁寧に作られている。その印刷の様子を映像に撮ることもハードルが高かった

教科書を作るということの取材を受けること自体、ナーバスにならざるを得ない状況に置かれているということがわかり、そういうことも映画に盛り込んだ方がいいのか悩みましたが、できませんでした。

映像メディアなので、映像で見えるものは伝えやすいのですが、政治圧力や政治介入は目の前では起きず、映像化できません。映像で見えないものを、映像で表現しようとしたので取材途中は苦労しましたが、結果としていろいろなことが起きていることは拾えたと思います。教科書の用語の書き換え、表現の不自由展というアート展の開催がうまくいかないこと、日本学術会議の任命拒否も、すべて政治介入があってのことです。

映画の中では、子どもたちに戦争をどういう風に教えていったらよいのか、その教え方を巡って教壇に立つ先生が葛藤し、時に政治家からバッシングされ、不当な処分を受けることも描いています。

「ありえない」と思うことが起こるかもしれない

保守論客の一人、東京大学名誉教授の伊藤隆さんには追加取材した

一方、テレビ版に登場いただいて、追加で取材させてもらった方も。東京大学名誉教授の伊藤隆さんは今回、最初にオファーした時はコロナを理由にお断りされ、コロナが少し収まっていた時にもう一度お願いしたら、「自宅近くまで来ていただければ」ということで引き受けていただきました。テレビ版のDVDをお送りし、何度かメールもやり取りもしていますが、「私はあなたの作品には一切期待しておりません」とはっきりおっしゃる。

「憲法を改正したい人たちによって、日中の対立があおられているのでは?」とお聞きすると「向こうが攻撃しているんだ」とおっしゃる。

私とは考え方が違いますが、歴史家は過去のいろいろな歴史資料を見てきているので、朝鮮王朝の閔妃(ミンピ)暗殺や今回のロシアのウクライナ侵攻など、みんなが「ありえない」と思っていることが起こるかもしれないと案じておられるのではと思いました。

日本に攻めてこないとも限らないのではないか、そういう心配を本気でしている伊藤さんを取材している時は、おなかの中ではおかしなことをおっしゃると思っていましたが、社に帰ってきて改めてプレビューを見ていたら、100年先のことはわからないので、今、私がおかしなことをおっしゃっていると思っていても、そう思っている自分自身が将来、笑われる側になるのかもしれないとは思いました。

映画を見た人たちは沈黙を破り語り出してほしい

斉加監督は2019年に「教育と愛国」(岩波書店)を上梓。今年4月15日には「何が記者を殺すのか」(集英社新書)も書き下ろした。「書籍を読んでいただいたら、なぜこの映画を作るに至ったかがわかっていただけるのではないかと思います。映像では表現できなかったことも本には書いたので、読んでいただければうれしいです」

どんな風に受け止めてもらってもいいという気持ちで作ったのですが、私の中では、教育現場での取材でバラバラに見えていたものを一本の糸でつなぐことによって、見ている人たちに考えていただけたらと思っています。

先行してご覧いただいた東京の元教師の方が「これは職員室で話題にできない映画ではないか」とおっしゃったのですが、ぜひ語り出していただきたい。沈黙を破って語り出していただくことが、何か歯止めになる力を生んでいくのではないかと思っています。

何の答えも、正解もないですが、この映画をきっかけに、いろいろなことを語り出してくださる人が増えていけばと願っています。(取材・文 大田季子)

 

「教育と愛国」公式ホームページはコチラ https://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

 

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